北は本来「暴言」より「称賛」が上手い

長谷川 良

韓国紙中央日報(日本語電子版28日付)は「『暴言大王』北朝鮮、トランプ大統領は何と呼ぶ」という見出しの記事を報じた。それによると、北朝鮮は今年1月に米大統領に就任したトランプ氏に対しまだ暴言を発していないというのだ。トランプ氏の対北政策がまだ明らかではないこともあって、北側は暴言を控えているのだろう、と受け取られている。

当方は「北はトランプ氏に対し既に暴言を発してきただろう」と考えていたから、“まだ”というのにはちょっと驚いた。トランプ大統領自身は暴言を頻繁に発するが、トランプ氏に対して暴言(中傷、誹謗)を発しているのは、北国営メディアではなく、欧米メディアかもしれない。大統領就任100日が過ぎたが、欧米メディアのトランプ氏批判・罵倒は続いている。歴代の米大統領では稀な現象だろう。米国民の中には、「トランプ氏はわれわれの大統領ではない」と批判する声が聞かれるが、これは民主的に選出された米大統領への最大の暴言と思うが、欧米メディアはそれを問題視していない。

本題に入る。中央日報は、「北朝鮮は暴言の大王、名手だ」というが、北の暴言は幼児なレベルなものが多い。北国営メディアは朴槿恵前大統領を「悪女」「雌毒蛇」と呼び、オバマ前米大統領を「アフリカ原始林の中の猿」、ケリー前国務長官を「山犬」といった具合の表現で中傷してきたが、それらの暴言には創意性も乏しく、子供喧嘩の延長に過ぎない、といった印象を受ける。論評に値しないのだ。

ところで、北が創意性を発揮するのは実は「暴言」ではなく、「称賛」する時だ。すなわち、故金日成主席、故金正日総書記、金正恩党委員長への美辞麗句を並べた「称賛」は限りがなく、年季が入っている。時には文学的香りすら感じさせる独自性、創意性のある「称賛」が聞かれるのだ。

当方の取材ノートから例を挙げる。

北当局は党創建65周年の2010年10月10日、「不世出の領導者を迎えたわが民族の幸運」と題した「放送正論」を住民に聴取させたが、そこで「正恩氏は経済・文化だけではなく、歴史と軍事にも精通し、2年間のスイス留学で英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語をマスターし、現在、中国語、日本語、ロシア語を学習中。まさに、語学の天才だ」という。それだけではない。「正恩氏が作成した標準肥料表に従った結果、翌年の収穫が1町歩当たり最高で15トンの稲が収穫された」というから凄い。これが事実ならば、国際食糧農業機関(FAO)にとって朗報だろう。北朝鮮の恒常的な食糧不足は解決したことになる。韓国も米国も北に食糧支援する必要はなくなるからだ。

正恩氏の父親・金正日総書記には1200余りの呼称があった。ここで1200余りの呼称を全部羅列できないから、代表的な呼称を挙げる。「絶世の偉人」「偉大なる領導者」「先軍思想の具現者」から「完全無欠な軍事家」「不敗の司令官」だ。また「革命の太陽」「わが民族の太陽」「人類の太陽」「21世紀の太陽」と「太陽」が伴う呼称が多い。それだけではない。映画や文学に造詣の深かった金総書記には、「世界的大文豪」「天から降臨した英雄」「音楽の天才」等の呼称も飛び出してくる。金総書記の前では、ドストエフスキーもモーツアルトもタジタジとなるだろう。

いずれにしても、普通の人ならば顔を真っ赤にするか、「止めてくれ」といいたくなような「称賛」を惜しまない。こんな国が21世紀の今日、まだ存在しているのだ。北は本来、「暴言」より「称賛」が上手い、といった意味を理解していただけたと思う。
北では連日、国営メディアを中心に指導者への「称賛」が発信されているが、発信側も受け手もその内容を信じている者は誰一人としていないのだ。

北国営メディアがトランプ米大統領に対し、いつ「暴言」を発するか不明だが、時間の問題だろう。当方は北から「暴言」より、トランプ氏を感動させる意表をついた「称賛」が飛び出せば、と密かに期待している。北の「称賛」に免疫のないトランプ氏が一度で参ってしまうような「称賛」を聞きたいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。