書評「デービッド・アトキンソン 新・所得倍増論」

2017年03月31日 06:00

政府がばらまいてもダメだし、日銀に色々やらせてもダメだし、いったいどうやったら自分の生活は豊かになるんだとお困りの皆さん。原因がわかりましたよ。本書によれば、それは“経営者”です。

東洋経済オンライン連載で既に各所で話題となっている本書だが、元アナリストらしく、詳細なデータ分析で日本の現状を赤裸々にしていく。なんとなく「日本って世界第二位か三位くらいの経済大国でしょ」くらいのぼんやりしたイメージを抱きがちな日本人にとってはなかなか衝撃的な姿がそこに並ぶ。

・一人あたりGDP=先進国中最下位(世界第27位)
・一人あたり輸出額=世界第44位
・外国人観光客からの売上のGDP比=世界第126位

一人当たりで見れば経済大国でも何でもないレベルで、輸出大国というほどには輸出できておらず、インバウンド需要と言ってる割にまだまだ稼げていないのが現実だ。こんなに頑張ってるのに豊かさが実感できないって?そりゃそうだろう。いまやアジアの中でもトップ集団から落ちかかってる状況なんだから。かつて経済大国の地位に上れたのは、一人あたりの水準の低さを豊富な人口でカバーしてきたためであり、生産年齢人口が頭打ちになった90年代に成長も頭打ちになったということだ。

そして、著者はそうなってしまった原因について「人口ボーナスのある時代の日本的なやり方に固執し、組織の生産性を上げるための変革をしようとしなかった経営者にある」と断ずる。著者の最後の提言の一つは、年金資金突っ込んで政府がじゃんじゃん上場企業の株買って、生産性や時価総額を上げるような改革を断行するプレッシャーをかけろというものだ。

方向性でいえばそうだろう。
ただし、ことはそう単純な話でもない。たとえば、日本にも経営の合理化を進めて生産性を向上させようと努力している経営者はいて、代表は日本IBMなのだが、ローパフォーマーをリストラしようとするたびに裁判でボロ負けして「生産性の低い社員も事業も飼い殺しにしろ」という強力な教訓を日本中の経営者に発している。

日本IBMに三たび勝訴 ロックアウト解雇  第4次も無効判決

正直、現状で社長さんの尻叩いても限界があると筆者は思う。

あと、著者の挙げる「日本の生産性が低いのは女性に付加価値の低い仕事ばかりを与えているためだ」との主張も、全くその通りだろう。でも、その背景には、

・男は残業、転勤いつでも来いの総合職、家庭に入る前提の女性は一般職もしくは派遣
・結婚や出産イベントで女性は退職、再就職は非正規雇用で

という戦後の大きなメインストリームがあるわけで、これもやっぱり社長の尻を金属バットでフルスイングしても限界があるように思う。

というか、本気で女性に男性と同じ仕事を任せるのであれば、とりあえず転勤も総合職という制度もなくすべきだし、男も女性と同程度には家事を負担すべきだろう。あ、ついでに、一時的な離職が不利にならないよう、オジサンたちの大好きな年功賃金も全廃して非正規と同じ役割給に一本化するしかない。この時点で、世の8割くらいのオジサンは「えーーーそんなのイヤだよ」となるのではないか。

そう、結局のところ、著者の指摘は正しいのだが、それは著者の言うように「政府が大企業経営者を過保護にしてきた」のではなく「政府が大企業という箱舟に乗った社長や正社員やその家族を過保護にしてきた」というのが実情のように思う。

とはいえ、著者はそのことをよく理解した上で、あえてそこには触れずにまとめてあるように見える。というのも、本書のラストでさらりとこう述べているから。

経営者にプレッシャーをかけると、リストラによって失業者が増えることを危惧する人もいるかと思います。しかし、短期的にはそうであっても、そもそも人が足りず、移民を増やすべきだと言われているくらいですから、中長期的にはその心配は不要だと思います。

さて、ここからは私見。

意外に思う人もいるかもしれないが、日本人の半分くらいは、「どの政策が合理的か」ではなく「どの政策が自分にとって美味しいか」で政策を決める人たちだ。たとえば「消費税をあと10%くらい挙げて、それでも足りない分は社会保障見直しで対応する」という当たり前の政策よりも「政府の借金は国民の資産!だからどんどんばらまけ!」とか「日銀にじゃぶじゃぶ緩和させればインフレになって給料も税収も上がる!」とかいうのにぱくっと飛びついちゃう困った人たちだ。

まあそういう人たちは自己責任なのでほっとけばいいんだけど、困ったことに民主主義国である我が国ではそういう人たちも同じ一票を持っているので、完全放置というわけにもいかない。ほっとくとヘリマネとかそういうのにパクッと食いついて社会がおかしなことになってしまうかもしれない(ブレグジットとかトランプ大統領爆誕というのは、“困った人たち”をほったらかしにしてきたツケの典型だ)。

そういう意味では「経営者が悪い」で上手く誤魔化してある本書は、ぎりぎりのナローパスを狙ったものとも言える。「そうだそうだ、経営者がなんもしないからだ。でも経営者ってなんで何もしようとしないんだっけ?」という具合に、あるべき方向に議論が発展していくかもしれないから。正しい議論の行われるテーブルの端っこに座ってもらえるくらいの意味はあるだろう。

以下、その他の本書のツボ

「移民政策」は、やるべきことから目を背けるための言い訳

現在、移民を受け入れて経済成長を果たしている国は「移民」だけで成長しているわけではないということです。いずれの国もそれ以外のやるべきことをやっており、生産性の水準が高いのです。
(中略)
日本における「移民政策」議論を聞いていると、この前提が無視されています。これは完全に「移民政策」の保湿を見失っています。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2017年3月30日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。

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城 繁幸
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表取締役

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