2017年度入社式訓示

一昨日SBIグループの入社式で、私は次のような訓示を行いました。以下、本ブログでは私が新入社員に伝えたことを記して置きます。

本日より社会人としての第一歩を踏まれるわけですが、最初に今後の心構えについて述べて置きます。貴方達は今日、様々な人の御世話になって就職を迎えられました。これから、経済的に自立するということになるわけです。仏教では「人身受け難し」として此の世に人の身で生まれてきたことは非常にありがたいことだとしています。然も、五体満足に此の平和で豊かな日本という国に生まれてきたのですから、どれ程ありがたいことかと思わなければならないと思います。「ありがたい」という言葉は「有ることが非常に難しい」という意味で、有ること自体難しいことが起こっているが故、ありがたい(有り難い)と表されます。ですから、そういう意味で、改めて此の時点で此の世にこうして生まれたこと自体に感謝をし、来し方貴方達を育み育て今日まで在らしめた周りの人全てに感謝の念を抱くべきです。そしてこれからも、そういう感謝の気持ちを持って生きて行くことが、これからの貴方達の人生にとって非常に大事だと思います。松下幸之助さんは、「感謝は実力を倍加する打ち出の小槌なり」という至言を残されました。貴方達には先ず第一に、是非強い感謝の念を持って頂きたいと思います。
第二に、ということです。一つの理想を描き、そこに到達するんだという強い意思を志と言っても良いでしょう。此の志というのは、野心とは全く違います。志とは利他的なものであって、必ず世のため人のためということが入っていなければなりません。だからこそ、その志念は共有されて後世に受け継がれて行くのです。ところが野心というのは利己的なものですから、一代で完結してしまい受け継ぐ者が出てきません。世界一の金持ちを目指すとか何何のドンになりたいとか、の類はその人だけの気持ちに過ぎません。これから貴方達が如何なる理想を掲げ如何にして達成して行くのか、は日々の努力しかありません。初めの内は、どこに自分の高い理想を掲げたら良いのかも分からないかもしれません。自分の志が何かというのは、与えられた仕事に一生懸命取り組んで行く中で自然と分かってくるものなのです。ですから、今後の配属先においては先ず、与えられた仕事を素直にこれ天命として受け入れるべきです。そしてその時常に「この仕事は会社にとって一体どういう意義があるのか」といったことも考えながら、意義あるならば「どうしたら改善・改良が出来るのか」「もっと生産性を上げられるのか」等と意識しつつ仕事をして貰いたいと思います。
それから最後に、礼ということです。学生時代というのは、heterogeneous(異質的)な社会ではありませんでした。即ち、先生や監督等を除けばその殆どが自分と同じような境遇・経験を有する略同い年の人達といった、homogeneous(同質的)な社会だったわけです。しかしこれから後、貴方達は会社という一つの組織に入り、これまでとは全く違ったheterogeneousな社会を形成して行くことになります。自分を取り巻く圧倒的多数は年齢的にも階級的にも考え方の面でも大きく違った人達の中で、学生時代には経験していなかったようなある種の上下関係や指揮命令系統の組織下にあって、初めは面食らう部分もあるかもしれません。そうしたheterogeneousな社会に生きて行く上で大事なことが、先に述べた礼であります。此のというのは2つ側面を持っていて、一つは礼儀作法で今風に言えばエチケット&マナーのこと、もう一つは社会なり組織の秩序・調和を保って行くということです。朝来たら「おはようございます」、帰る時には「お先に失礼致します」と挨拶をするといったような、人間として極々当たり前の基本的なことを素直に行える人間にならなければなりません。これから貴方達の先輩達が様々な指導方法で色々と教えてくれると思いますが、彼等に学ぶに当たって大事になるのは「素直さ」「謙虚さ」です。謙虚に素直に先輩諸氏に多くを学び職業人としての自己を確立して行く上で、先輩に対する礼をきちっと弁えるということが大事だと思います。

さて、心構えは此の3つにしておいて、貴方達が大きな時代の流れの中で、どういう位置で此の就職という機会を迎えているかに関して御話して置きます。経済学の中にコンドラチェフ循環と呼ばれる技術革新を主因とする50~60年周期の経済循環が古くから認識されています。多くの人の指摘するところに拠れば2010年頃に一サイクルが終わりを迎えたか終わりに近付いたと考えられ、現況は次のサイクルがスタートしてきており新しい波動に入ったと考えられます。いま次々と生まれてきている新技術、然も革新的なその技術を取り入れることが出来るか否かが、企業の生死を左右すると言っても過言ではありません。過去の波動を様々見ていても、その時乗り遅れた会社は、その時大会社として君臨していても、消えて無くなっています。此の技術革新の波の中で特に重要な技術が、AIとブロックチェーンです。此の2つの技術はどちらも、単に我々の属する金融の世界で広く使われ色々な影響を齎すだけでなく、大きな社会変革を齎すと言っても過言ではありません。
今から4年前、英国オックスフォード大学准教授のマイケル・A・オズボーン氏は「The Future of Employment」という論文の中で、コンピューター技術によって米国の702業種の内47%が10~20年の間に代替されると予測しました。また米国同様に日本等の雇用に関する分析を此のオズボーン准教授と野村総研とが共同で行ったところ、我が国においても10~20年後その労働人口の49%がコンピューターに取って代えられる可能性を示しました。もっと衝撃的なのは2045年、所謂「シンギュラリティ…技術的特異点」に達しAIの知能が人間を凌駕するということですが、之は別に想像に難い世界ではありません。チェスや将棋とAIを巡る状況は言うに及ばず、金融の分野でもAIを取り入れた新しいアルゴリズムでの運用が為され色々な企業が導入し色々な投資家がそれを使っていますし、また医療の分野でも「ダヴィンチ」というロボットが開発され前立腺の癌等では人間の外科医よりも出血少なく的確に病巣を取ることが出来るようです。あるいは膨大な過去の蓄積全てを頭に入れたAIは、どの病気にかかっている可能性があるかについて、人間よりもある意味確かな診断を下せるようになりつつあります。此のシンギュラリティを超えるとなると、今度はAIが人間を凌ぐようなロボットを作って人間が社会から締め出される、ということも有り得ないとは言えません。幸か不幸か貴方達は、そういう大きな時代の流れの中で就職をするという状況になっています。
世の中には沢山の未来学者もいて、勇気を持って未来について語る人もいます。しかし未来を予測するのは、極めて難しいことです。我々に出来ることは何かと言うと、未来を自ら創って行くということ、「自我作古…我より古を作す」ということです。時々刻々変化して行く中に様々な兆しから今後どういうふうに社会が動いて行くかを逸早く掴み、未来の姿に出来るだけ近付けて行くのが一番確かな方法だと思います。私にとって米国のインターネットの世界の大きな飛躍に比して日本が5年以上遅れていると思われる状況下、インターネットが軈て日本に大きな変革を金融業において齎すと予測したのは比較的簡単なことでした。米国でインターネット企業が雨後の筍のように出てきた1996~98年、私は毎月1回1週間程度ホテルに泊まり込み、朝から晩まで様々な金融関連のベンチャー企業の経営者を自分の部屋に呼んで話を聞き、精査する中でそう確信したのです。金融というのはそもそもが情報産業で、インターネットとの親和性が最も高いはずだとの論理的な推論です。そうした推論に拠る未来予測を踏まえて、私は1999年7月SBIグループを創設したのです。そして米国に遅れること20年、英国に遅れること10年ではありましたが、橋本龍太郎首相により1996年11月より成し遂げられた金融制度改革「日本版ビッグバン」の恩恵にも浴し、我々は日本でインターネットの世界を金融分野で着実に広げてきたというわけです。

こうして我がグループは世界に類例を見ないインターネットベースの金融コングロマリットを完成させたのですが、先に申し上げたような新しい技術の波が押し寄せてきている今、それらを此の生態系に取り入れて行かなければ我々は時代に取り残されて行くことになります。そうした認識から私は、日本の金融機関あるいは世界の金融機関の中でも最も早く様々に戦略的な手を打ってきたのです。そして今日我々は、世界中から高評価を受け注目を集めるに至っています。例えばその一つに、我々SBIグループの米国のパートナーであるRipple社のブロックチェーン・分散台帳技術(DLT:Distributed Ledger Technology)等の新技術を活用し、内国為替と外国為替を一元化し、24時間リアルタイムでの送金インフラ構築を目指している「内外為替一元化コンソーシアム」が挙げられます。これまでは、国内送金は各行の勘定系システムと全銀システム、日銀ネットを連携させた「全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)」、海外送金は国際金融取引のメッセージを伝送するネットワークシステム「SWIFT」ということで、大変な時間やコストが生じる仕組みが維持されてきました。そこで此の送金分野に内外で革命を起こそうと取り組みを進めてきたわけですが、現在このコンソーシアムには国内銀行の3分の1を大きく上回る50行超が参加しています。近い将来、日本にある全金融機関の半分以上が入るコンソーシアムになるでしょう。
一企業が起こしたムーブメントに、多くの大企業が好むと好まざるとに拘らず入ってくるのは、入らなければ自分達は消えて無くなるかもしれないという、ある種の危機感に根差しています。「内外為替一元化コンソーシアム」には疾うの昔からみずほフィナンシャルグループが参加していますが、先月末遂には三菱東京UFJ銀行からもRipple solutionの利用金融機関によるコンソーシアム「GPSG:Global Payments Steering Group」への参画の意思表示が為されました。Ripple社は本件を大々的に彼らの宣伝にも用いて、Ripple社が発行するXRPという仮想通貨の値段が4倍以上にも膨れ上がってきたのです。今や彼らは、世界に影響力を持つ集団になったということです。
我がSBIのMission Statementの中に「セルフエボリューションの継続」とあるように、我々は常に現状に満足することなく「自己否定」「自己変革」「自己進化」をし続けて、グローバルで変革を及ぼす企業で在り続けなければなりません。軈て私がCEOの座を去ったとしても、此のスピリットは我がグループの最も大事な創業の精神として永続化して行かねばなりません。その精神を伝承して行くのは貴方達、新入社員の大きな役割の一つです。
当社は創業して未だ20年を経ていません。初め当グループの一員となったのは、その殆どが大金融機関で10年位の経験を持った中途入社の人でした。私は当時、我がグループの様々な会社のCEOに執筆もさせ『E-ファイナンスの挑戦』(東洋経済新報社)と題した本をPartⅠPartⅡという形で世に出しました。その本も大きく貢献して「旧態依然とした大銀行に居ても意味がない!」といった思いを抱いた同志が、次々に我々の所に入ってきて革命的な事業を次々にやってのけ当グループの急成長を支えてきたわけです。そして今回もまた一つの節目で「金融革命とその戦士たち」というサブタイトルを付して、『成功企業に学ぶ 実践フィンテック』という本を日本経済新聞出版社より先月23日に上梓しました。これまでのところ売れ行きは非常に良いということで、『E-ファイナンスの挑戦』の時と同じ位のインパクトが此の本によってまたあるだろうと思います。今度は単に我々の取り組みに多くの若者がジョインするというだけではなく、全く異質の会社が「あの会社と組みたい」「あそことアライアンスを持ちたい」「戦略的な事業提携をあの会社とやりたい」と言ってどんどんと現れてくると思います。

我々SBIグループは、此のコンドラチェフの新しい波を主導する技術革新の中で飛躍出来る企業であることは間違いないと思います。今日から貴方達はその一員として日々一生懸命努力し専門知識を身に付けると共に、先程申し上げた3つの心構えを肝に銘じて、正しい倫理的価値観のもと人間的魅力に溢れる人物として、世のため人のために此のグループを通じて活躍をして貰いたいと思います。以上、貴方達に対する私の御祝いの言葉とさせて頂きます。どうも有り難う。

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