権力内の暗殺計画まで描く中国の反腐敗ドラマ

2017年04月25日 15:00

日本取材ツアーから戻ったら、大ヒットしているテレビドラマ『人民の名義』のことを知らされた。3月28日からスタートし、すでに計47回シリーズの終盤を迎えている。クラスの学生に聞いたら、半分以上は見ているという。

最高人民検察院、日本でいう最高検察庁と、江蘇省共産党委宣伝部、中央軍事委員会後勤部が制作にかかわっている。政治的な深読みをすると、この仕掛けはかなりえげつない。

習近平総書記の主導する反腐敗キャンペーンで摘発された超大物の代表は周永康・元党中央政法委書記だが、彼の統括下にあって有名無実化していたのが検察であり、裁判所だ。ドラマ中の腐敗案件が主として公安を含む政法部門を舞台としているのも、皮肉な設定だ。また、徐才厚と郭伯雄の元中央軍事委副主席も摘発されたが、その端緒となったのが、軍の資産を管理する後勤部の公金横領事件である。江蘇省閥を形成する現職の李源潮国家副主席は、失脚した令計劃・元党中央弁公庁主任と密接な関係にあり、すでに周辺関係者が根こそぎ取り調べを受け、死に体となっている。

要するに、今秋の第19回共産党大会を前に、制作者自体が自己反省を試される舞台仕掛けになっている。党幹部の教育、庶民に対する反腐敗キャンペーンの宣伝も制作目的の一つに違いない。かつてない大掛かりな反腐敗ドラマではあるが、視聴者にそっぽを向かれては意味がない。人気の政治小説家の作品をもとに、脚本は、恋愛や婚姻、夫婦の矛盾、親子の関係など多様な要素を含み、娯楽番組としてもよくできている。ネットでの視聴がゆうに3億を超えたというのもうなずける。

高位高官が実際に有罪判決を受け、結果が出ている腐敗摘発があるからこそ、視聴者も引き付けられる。ヒットの核心はリアリティにある。トラック何台分もになる収賄紙幣の海、親の七光りで好き放題をする国有企業経営者、学閥や近親者による不当な人事や執政、男を惑わす酒と女・・・。メディアによる大量の報道を通じ、みなが多少なりとも知っている話が、当局制作のドラマで語られるのは新鮮味がある。

腐敗摘発は大掛かりな政治闘争を背景に描かれる。権力闘争をめぐるストーリーは、三国志、水滸伝、さらには上海租界時代のマフィア抗争に至るまで、そもそも庶民が興味を抱く題材だ。それが官製番組の中で示されることで、現実を連想させるリアリティをもって迫ってくる。反腐敗キャンペーンにおいて、宣伝工作は重要な役割を担うが、この意味でもよく考え抜かれた筋書きである。

政治権力のぶつかり合いはし烈だ。さまざまな背後の権力がうごめき、手に汗握るどんでん返しが起きる。明らかな悪党を退治するのにも、家族関係や人情、メンツ、利益が絡み合い、一般人からはとうていうかがうことのできない複雑な政治的駆け引きが先行する。腐敗摘発は、それまで出来上がっていた既得権益集団による政治的なバランスを崩すため、猛烈な反発を招く。老練な権力ゲームの中で、「法の正義」は子どもじみた机上の論に見えてくる。

捜査機関内部での盗聴も描かれる。驚いたことに、腐敗疑惑の対象となった省の公安庁長、祁同偉が、大学時代の法学部同級生だった2人の反腐敗局長を、続けざまに暗殺しようとするシナリオまで含まれている。1人目の陳海は酔っ払い運転の車にひかせ、意識不明の重体になった。その後、真相解明のために乗り込んだ後任の侯亮平に対しては、プロのガンマンを雇って射殺しようとし未遂に終わった。日本で言えば、警視総監が東京地検特捜部長を暗殺しようとしたようなものだ。

現実離れした空想ではない。実際、薄熙来や周永康事件では、党最高指導部への盗聴事件が発覚している。現実に起きたこと、あるいは起こりうることを下敷きにしていることは明らかだ。周永康一派による習近平暗殺計画は、国外では多くの報道があるが、国内では党高級幹部を除き一般に伝えられていない。それだけにドラマが堂々と描く「暗殺」は、党指導者の強いメッセージを暗示させる。党内の暗黒をさらけ出した大胆さは評価してよい。

かつて、警察を巻き込んだ犯罪マフィアのネタは、香港映画が圧倒的に面白かった。闇社会の暗躍が背景にあった。だが、腐敗摘発部門の廉政公署が力を発揮し、社会の浄化に努めるとともに香港映画の犯罪物モノも勢いが衰えた。一方、大陸では反腐敗キャンペーンで次々とおぞましい腐敗の実態が暴かれた結果、大ヒット番組が生まれた。なんとも皮肉な巡り合わせである。

もちろん、権力が制作する以上、ドラマにはごまかしもある。それについては日を改めて論じることとする。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年4月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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