和田秀樹センセイが心配する2020年教育改革 「受験学力」

2017年04月27日 18:00

和田秀樹センセイが、文科省の新しい「答申」に示された方向性は、従来の「受験学力」を否定し、その結果学力低下を招くことを心配しています。多くが和田センセイの自慢と、従来の受験学力肯定論ですが、傾聴すべきポイントもあります。

2011年の大学入試の刷新の問題点

2011年の春から大学入試が大幅に変わります。センター試験の廃止は周知のとおりだと思いますが、すべての国立大学がAO入試になります。この問題点は、面接や論文の採点基準もさることながら、大学入試まで内申書が加味されるようになり、教師から見た意欲・態度などもふくめた点数が大学に報告されるので、教師に逆らうような人間はそれなりの大学に入りづらくなります。

「従来型の知識の否定」ありきの文科省答申

まず、文科省の考える「確かな学力」とは「高大接続・入試改革 答申」において
1.「主体性を持って学ぶ態度」を養うこと
2.その基礎となる「知識・技能を活用して、自ら課題を発見しその解決に向けて探求し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」を育むこと
3.さらにその基礎となる「基礎・基本」を習得させること
となっています。

従来の学力では、3しか身についていないが、そんなものは最低レベルの話であって、その上に、1、2を、高校時代、あるいは大学に入るまでに身につけろと言うのだ。
いちばん大きな問題は、そうでなくても今の学生たちの学力低下が問題なのに、その学力の向上より、別の学力を要求する姿勢だろう。(P14)

その新学力観導入以降の教育政策の方向性は
1.詰め込み教育の否定
2.ペーパーテスト学力(偏重)の否定
3.教科学習の否定
ですが、

これを「ゆとり教育派」の巻き返しとみても、そう妥当性を欠くものとは思えない。(P40)

と分析しています。

また「高大接続・入試改革 答申」では「何よりも重要なことは、個別選抜を、画一的な一斉試験で正答に関する知識の再生を問う評価に限ったものとしたり、入学者の数の確保のための手段に陥らせたりすることなく、『人が人を選ぶ』個別選抜を確立していくことである」と明言されています。

「ゆとり教育(新学力観)」路線が子どもたちを委縮させる

この「ゆとり教育(新学力観)」路線の何が問題だったかというと

中間試験や期末試験で常に満点をとっても、授業中に意欲がないとか態度が悪いとみなされたり、宿題などの書き方を図示の方法が悪かったり、実験に積極的に参加していないとみなされると5段階で3程度しか得られないことがあり得るようになった。(P42)

教科の学力まで教師の主観にゆだねられてしまうのです。現実に、万引きの濡れ衣を着せられた中3生徒が、不本意な進路指導を押しつけられて自殺したという悲劇が、その影響をものがたっています。内申書重視の高校受験では、ペーパーテスト学力をいくら上げても、教師による評価が高くないと希望の学校に行けないことが、生徒に絶望感を与えます。今後それが高校にまで広がる可能性があるのです。教師に嫌われることを恐れながら学校生活を送ることは、どれだけストレスのかかることでしょうか。

一方、和田センセイのような考え方は、少数派のようで、教育関係者の多くは今回の答申は歓迎しているようです。

2020年からは、生徒が「正解のない『問い』」について考えるための環境や人間関係を作ることを、教師の役割ととらえるべきです。教師がプロデューサーとなって、教師-生徒間、生徒-生徒間で深く学び合えるよう、互いに高め合えるような環境を整えなくてはなりません。教師に突き付けられている「問い」は「正解のない『問い』」と言えるかもしれません。(2020年からの教師問題 石川一郎 P183)

そんなこと、教員たちにできるのかいな?というのがぼくの率直な感想です。

中沢 良平(元小学校教諭)

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