なぜ今、北はミサイル発射したのか

朝鮮中央通信より(編集部)

成功する可能性が少ない実験を繰り返す科学者はあまりいないだろう。先ず、成功しない理由を解明し、その問題点を解決してから実験を繰り返すだろう。それでは北朝鮮の金正恩労働党委員長はなぜ完成からほど遠い弾道ミサイルの発射命令を出すのだろうか。

韓国「聯合ニュース」日本語電子版によると、北朝鮮は29日午前5時半ごろ(現地時間)、西部の平安南道・北倉付近から弾道ミサイル1発を発射したが数分後、空中爆発し、失敗したという。ついこの前もミサイルを発射して失敗している。そして今回も同じように空中爆発したのだ。北関係者がミサイル本体の問題点を解決した後、再発射したという感じはしない。むしろ発射成功を恣意的に回避しているような様子すら感じるのだ。

考えられるシナリオを羅列してみる。

①金正恩氏は米中の制裁強化や包囲網に対し怒りにかられ、ミサイルの発射命令を下した。金正恩氏の負けず嫌いの性格が危険なミサイル発射となった(金正恩の性格論)。

②隣国・中国の習近平国家主席の面子つぶし。トランプ米大統領から北への圧力強化を要請された習主席が対北制裁の強化に乗り出してきたことに対し、「中国はわが国を管理できない」といった金正恩氏の必死の抵抗(習近平主席の面子つぶし論)。

③来月9日に大統領選を控えている韓国国民に向けて、北が大国・米中の圧力に抵抗している姿を見せつけ、韓国民が失ってきた民族のアイデンティティを喚起させ、北側との連帯感をアピールする(民族アイデンティテイ論)

④米国との戦争に入った(戦争論)。

上記の4つのシナリオでは、④の戦争論は非現実的だ。成功するか分からない弾頭ミサイルを数発発射したぐらいで、超大国米軍との戦いで勝利できると考えるほど正恩氏はお人よしではないだろう。①の性格論は完全には排除できない。指導者の性格が契機となって紛争が激化することがあるからだ。しかし、対米戦争開始は即北朝鮮の終わりを意味する。少々、根拠の弱いシナリオだ。

問題は②と③だ。金正恩氏はひょっとしたら②と③を同時に狙っているのではないか。トランプ大統領と首脳会談した後、習近平主席は中国経済の発展を最優先し、トランプ氏の意向に乗って対北制裁に乗り出してきた兆候が見られるからだ。ただし、中国共産党内には習近平主席の政策を批判する親北派がいるから、習近平主席がどこまで対北制裁を貫徹できるか不透明だ。明確な点は、トランプ氏から「対北制裁を強化している」と称賛された習近平主席の面子をつぶすために、成功する保証のない弾道ミサイルを一発発射させた。

そして③だ。韓国はいよいよ大統領選の終盤に入った。同時に、朝鮮半島は緊迫している。その時、国際社会からの圧力にもかかわらず、北は弾道ミサイルを発射した。この場合、ミサイルが成功するかどうかよりも、米中の圧力にも拘わらず、それに抵抗する姿を韓国民に見せつけることができれば十分だ。

もちろん、多くの韓国民は北のミサイル発射を批判するだろうが、少なくない国民は同民族の北が大国の圧力に必死に抵抗している姿をみて、計り知れない屈辱感を味わっている。換言すれば、「民族の誇りを北側は必死に守ろうとしているが、われわれは米軍の傘下に入って安楽な生活をしている」といった思いだ。

親北派の大統領候補者はその国民の複雑な心情が分かるから、彼らの口からは「北を軍事力で崩壊させよ」といった強硬論は決して飛び出さない。

もちろん、北の狙いは4つのシナリオ以外にも考えられる。戦争勃発の危機が高まっているこの時、金正恩氏が未完成の弾道ミサイルの発射に何を託しているのか、朝鮮半島の紛争の源泉を知るうえで重要なテーマだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。