メーデー休暇...朋あり、遠方より来る

2017年05月01日 22:50

4月29日から3日間、中国はメーデーを祝う労働節の休暇だった。江南の地、無錫から思わぬ来客があった。無錫市で長年にわたり対日関係の基礎を築いてきた蔡大鋼氏だ。日本語専攻の知日派で、同市外事弁公室主任を11年間務めた。日本語専攻の外事弁公室トップは全国でも極めて珍しい。その後、同市物価局局長を経て、現在は同市人民代表大会の民宗僑外工委員主任の任にある。無錫は1987年にヒットした無錫旅情で日本に知られ、日系企業が多く、今や桜の名所でもある。

無錫を拠点にした日中交流において、対外関係責任者だった蔡氏の功績は極めて大きい。忍耐強く仕事してきた彼を、今でもなお部下たちが慕っている。蔡氏の業績は、一人一人の日本人を大切にした人柄に負っている。私は上海駐在時代から数え、10年来の付き合いになる。あと数年で引退という高齢ながら、無錫から1人で高速鉄道に乗り、11時間をかけて来てくれた。「必ず遊びに行くから」という約束を果たしてくれたのだ。

『論語』の書き出し、「学而」の第一節を思わずにはいられない。

「子曰、学而時習之、不亦説乎。有朋自遠方來、不亦楽乎。」
--子曰く、学びて時に之を習う。また説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方より来たる、また楽しからずや。

学んで、折々に振り返ると、そのたびに新しい発見がある。友人が遠方から訪ねてきて、旧交を温めながら、お互いの学びを語り合う。これこそ人生における最上の楽しみ、喜びである。盃を交わせば、時がたつのを忘れ、酒も話も尽きることがない。酒仙、李白もこう歌っている。

「両人対酌して山花開く、一盃、一盃、復(ま)た一盃」

29日の夜、到着してすぐ大学近くの露店で、地元名物の「砂鍋粥」を振る舞った。地方の局長クラスにはあまりにも質素なもてなしだが、私の日常生活を実感してもらうため、学生たちと一緒のテーブルで食事をした。彼はすこぶる楽しんだようだ。翌日は汕頭の旧市街を歩いた。気が付くと2万歩を超えていた。夜は学生たちに勧められ、人気の牛肉火鍋店「八合合理 海記」に行ったが、午後5時の時点ですでに数十組行列ができていた。これもまた生活の一幕なので、一緒に1時間近く待って席に着いた。

ワインとビールをたっぷり飲んで、夢心地になった。汕頭は交通の便が悪い。帰宅のバスがなななか来ず、寝床に入ったのは12時近くになっていた。拙いツアーガイドだったが、どれもこれもが愉快な思い出となった。翌早朝、空港まで送り届け、忘れがたき再会の余韻が残った。中国語では「肝胆相照らす」、日本語でも「腹を割って」という。腹蔵なく語り合ってこそ、「また楽しからずや」の響きが伴う。

『論語』の冒頭の一節は、

「 人不知而不慍、不亦君子乎。」
-- 人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。

の言葉が続く。人はとかく外からの目を気にするものだ。たとえ知られなくとも、満ち足りていれば、動じることはない。何をもって足れりとするかである。学びの喜びがあり、友との楽しい時間があれば、あと何を欲することがあろうか。次は私が無錫に出かける番だ。夏休みを利用して、蔡氏をはじめ多くの仲間に会いに行くとしよう。

手にしている岩波文庫『論語』は、友人が31歳の誕生日に贈ってくれた。

合わせて親友の情に感謝したい。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年5月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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