飲食店等の全面禁煙を憲法の視点から考える

2017年05月06日 06:00

昨今、飲食店や居酒屋等を全面的に禁煙にすることの是非が問題となっています。WHOに「日本の受動喫煙対策は前世紀レベル」と揶揄されたのがきっかけか、法案も提出されました。

しかし、この問題は各人各様の意見や好みで決められるものではありません。国家が規制する以上、憲法という視点から理論的に考えてみる必要があります。なぜなら、国や地方公共団体が私人の権利を制限するに際しては、常に憲法上の人権に配慮しなければならないからです。

そこで、制限される喫煙者の権利や飲食店経営者の権利が憲法で保障される人権に該当するか否かが問題となります。
喫煙をする権利は、(反対意見もありますが)憲法13条の幸福追求権の一環として保障されていると考えるが一般的です。また、飲食店経営者の権利は、営業の自由として憲法21条1項で保障されているとするのが一般的な見解です。
つまり、喫煙者の権利も飲食店経営者の権利も、いずれも憲法上の人権として保障されているとするのが一般的な見解です。だとすれば、国が必要以上にそれらの権利を制限するのは憲法違反になります。

しかし、いくら憲法で保障された権利だからと言って、無制限に認められる訳ではありません。
憲法の条文では「公共の福祉に反しない限り」と規定されていますが、実際上は「対立利益」としての「他者の人権」との優劣の調整と考えるべきです。「公共の福祉」といういかようにでも解釈できる曖昧な概念で憲法上の人権を制限できるとすれば、憲法の人権規定は骨抜きになってしまいますから。

「対立利益」が存在せず誰にも迷惑をかけないのであれば、人権は無制限に認められます。「思想信条の自由」(19条)がその典型です。心の中で考えたり思ったりしているだけなら(誰にも迷惑をかけず「対立利益」が存在しないので)無制限に認められます。仮に無差別大量虐殺を考えていたとしても、心の中で考えているだけであれば絶対に規制されることはありません。

では、飲食店で喫煙する自由(13条)、飲食店等経営者として喫煙を認める自由(21条)の「対立利益」はいったい何なのでしょうか?

「受動喫煙を受けたくない人や子供等に受けさせたくない人の権利」であるのは言うまでもありません。健康被害を受けない権利は憲法13条によって当然保障されます。「タバコを吸っている人の姿を見たくない権利」「タバコの煙を見たくない権利」というのは、いくらなんでも「対立利益」とするのは無理でしょう。

余談ながら、わいせつ物を禁止する理由は「見たくない人(子供等に見させたくない人)の権利」を守るためであり、これが「表現の自由」(21条)の「対立利益」となります。わいせつ物が否応なく目に入ってくると嫌悪感や不快感を感じる人が少なくありません。「見たくない(見せたくない)」人たちの権利を守る必要があるのです。ですから、成人が書籍等で自分の意思でこっそり見ることまで禁止するのは「表現の自由」(21条)に対する過度な制限だと考えます。「見たくない(見せたくない)」人たちの権利を一歳侵害しておらず「対立利益」が存在しないのですから。

このように考えれば、「受動喫煙を受けたくない(受けさせたくない)人の権利」を守ることができるのであれば、飲食店等の全面禁煙は、喫煙者の権利(13条)と飲食店経営者等の権利(21条)を侵害するものであり、憲法違反ということになります。

もっとも、すべての飲食店を「喫煙可」にしてしまうと、受動喫煙を受けたくない人たちもやむを得ずそこで飲食をせざるを得ないことになってしまいます。喫煙と禁煙のスペースを区分けしても、煙が流れてくれば受動喫煙被害を受ける怖れがあります。外資系高級ホテルの中には、喫煙と禁煙で客室のフロアまで変えているところがあります。

いかにして、「喫煙者と飲食店経営者等の権利」と「受動喫煙を受けない権利」を調整するか? 極めて悩ましい問題です。

あくまで私の感覚ですが、昨今は喫煙者の割合が少なくなってきており、全面禁煙の飲食店の方が多いように感じます(業種によって偏りはあるでしょうが…)。全面禁煙にする前に、飲食店等の扉などに「禁煙」「喫煙可」の表示を義務付けるという方法を講じてみてはいかがでしょう?これでスムーズに喫煙者と非喫煙者のすみわけができれば、それ以上強い規制は不要になります。

「喫煙可」の店が多すぎて、非喫煙者による飲食店の利用が困難になるような事態が生じたら、次は店舗面積や立地等による制限を考えればいいと思います。

一見迂遠なような気がしますが、このように段階的に進めていく方が全国民の納得感が得られるはずです。喫煙が日本の法律で認められている以上、喫煙者の権利にも配慮すべきであることは言うまでもありません。

他の先進諸国では「大麻の合法化」が進んでいるように、それぞれの国によって事情は異なるのです。WHOの顔色を伺うよりも、一人でも多くの国民が納得できる政策を講じるべきではないでしょうか?

荘司 雅彦
2017-03-16

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

 

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