現地を知らずに中国を語る日本人たちにひと言⑤

2017年06月08日 06:00

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加藤氏が上海赴任時に痛感したこととは?(写真AC:編集部)

上海から北京に赴任地が変わり、痛感したことがある。

上海特派員は「上海」を語る。北京特派員は「中国」を語るが、住んでいる「北京」を知らない。

上海特派員はルーティンの業務が少なく、比較的自由だ。町を歩く時間の余裕があり、興味さえあれば、地元の歴史文化を詳しく知ることができる。上海語も少しはわかるようになる。だが、北京となるとそうはいかない。内政や経済、外交に関する新聞、ラジオ、テレビ、さらにはネットのニュースをくまなくチェックしなければならず、毎日のように外交部をはじめとする記者会見がある。世界からの要人訪問、逆に中国指導者の外遊と、次から次へと目の前に現れるニュースの処理に追われる。

本来、通信社が行えばすむ仕事も、日本の場合は、悪しき横並び意識からすべての新聞社がみな参入する。だれが書いても同じようなニュースは通信社にゆだね、新聞記者は独自の取材に専念すればよいと思うのだが、よくも悪くも、あらゆるニュースを独自で発信する慣行ができあがっている。その結果、記者の独自性は失われ、紙面の均質化を招くことになる。日本人読者全体の利益を考えれば、まったく膨大な情報ロスである。

記者は自宅とオフィスの行き来が多くなり、住んでいる町や人々をよく知る余裕がない。ニュースにしやすい政治分野に関心が偏り、生活の現場にいる庶民の声からは遠ざかる。人々の声を書かなくても記事は書ける。東京のオフィスに座っていても書ける特派員は少なくない。ニュースにするフォーマットがあり、何も考えずにはめ込めばよい。そのフォーマットが日本社会の色眼鏡である。

中国の人々は、中央テレビ(CCTV)や人民日報が伝える海外ニュースはスルーし、等身大の日本を伝えるネットの情報に群がる。アニメやオタク文化だけではなく、日本の年中行事や弁当文化から、少子高齢化といった社会問題まで、関心の領域は幅広い。現地を知らずに、仮想の対象を追いかける日本の報道とは好対照だ。

日本でいわゆる中国専門家を名乗る人たちが、「中国は……」「中国人は……」と語るとき、それが中央の共産党政権なのか地方政府なのか、あるいは常務委員なのか基層幹部なのか、左派なのか右派なのか、知識階級なのか労働者階級なのか、上海なのか北京なのか、都市なのか農村なのか、文化大革命世代なのか「80後」「90後」なのか、漢族なのか少数民族なのか、何を指しているのかを聞いてみるといい。

たぶん、言葉を失うだろう。せいぜい、ベールに包まれた中南海の政治闘争を、三国志を語る調子で吹聴しているに過ぎない。真相が薮である以上、何を言ってもいいという気楽さがある。色眼鏡にかなっていれば、それで用は足りるのだ。

卑近な例を引こう。和食やキムチはユネスコの無形文化遺産に登録されたが、みなが不思議に思う。なぜ、世界に通用する中華料理はリストに入っていないのか。だが、厳密にいえば、登録できるような中華料理はそもそも存在しない。広東料理や四川料理、上海料理はある。だが同じ広東でもなお地域によって、時代によって差がある。複雑な文化を抱え、ひと括りにできない多様性がある。

単一の価値観に慣れた日本人は、自分のかけた色眼鏡を認識できず、ここで勘違いをする。日本にある中華料理店のメニューは、本場の中国では決してメジャーではないことに、多くの日本人は無関心だ。文化の多様性に対する感度の鈍さは大いに反省しなければならない。

中国で反腐敗テレビドラマ『人民の名義』が大ヒットしたことは以前に紹介した。授業でも取り上げたが、主要登場人物の肩書にある「政法委(警察・検察・裁判所・安全部門を統括する党政法委員会)」を知っているか、と聞いたら、大学3年生30人のクラスで一人も手を上げなかった。共産党組織の中では要の機構である。そのトップだった周永康元党中央常務委員が摘発されたのは記憶に新しい。それでも知らないのだ。

北京で生まれ育った大学生であれば、もしかすると耳にしたことがあるかも知れない。だが、法的根拠を持たない党組織はもともと、学校の授業で取り上げるにはふさわしくない。しかも政治の中心から離れた南方の若者は、まったく無関心のまま暮らしている。就職をして、家庭を持ち、事業で成功を収めても、政法委の存在を知らぬまま過ごすかも知れない。それでも十分、生活はできるのだ。

日本のメディアには、出所不明な中国の政治情報があふれているが、それとは縁のない生活を送ってる中国人がたくさんいて、海外旅行をし、普通に豊かな生活を送っている。ぜひとも、そのことを知ったうえで、「中国は……」「中国人は……」と言ってほしいものである。海外メディアが、安倍政権、安倍首相だけを取り上げて、「日本は……」「日本人は……」と言ったら、私は大いに迷惑だ。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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