伊藤園VSカゴメ。トマトジュース特許バトルの“真相”は?

2017年06月10日 06:02

写真AC

6月8日、トマトジュースの作り方をめぐって、食品メーカーの「カゴメ」が大手飲料メーカー「伊藤園」が持つ特許は無効だと訴えた裁判で、知財高裁は伊藤園の特許を無効とする判決を出した。カゴメの全面的勝利である。

特許無効訴訟では、判決が不服な場合最高裁に上告することができる。しかし、現在この特許を使用している製品は伊藤園の「理想のトマト」だけであるため、伊藤園にすればそもそも保有していてもあまり価値の無い特許である。恐らく、このまま確定するだろう。

さて、伊藤園はなぜ裁判に敗北したのか、カゴメはなぜ裁判を起こす必要があったのか、パテントマスターとして“真相”を解説したい。

問題になった特許は伊藤園の「理想のトマト」の製法

今回、裁判で争われた特許はニュースでは特許番号を特定できなかったので、やはり特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で調べてみた。

伊藤園が権利者になっている国内特許は343件であり、ニュースにある「2013年に登録されたトマトの酸味を抑える特許」は8件確認することができた。さらに「カゴメはまず特許庁に特許無効審判を請求した」とあるので、審判情報を確認したところ、カゴメが特許無効を請求している特許が3件見つかった。それが、

特許5189667(2013年2月1日登録)「トマト含有飲料の酸味抑制方法」

特許5285176(2013年6月7日登録)「トマト含有飲料のフレッシュ感向上方法」

特許5285177(2013年6月7日登録)「トマト含有飲料の青臭み抑制方法」

の3つである。

そして、特許5285176と特許5285177の2件については、特許庁の無効審判の段階で「特許は無効である」と判断されている。

そして、最初の特許5189667「トマト含有飲料の酸味抑制方法」については特許庁が有効と判断した。カゴメはそれを不服とし、知財高裁に提訴したという訳である。(特許無効を巡る訴訟は、知財高裁が1審)

さて、この特許5189667「トマト含有飲料の酸味抑制方法」であるが、伊藤園は「理想のトマト」という製品に使用しており、「理想の“おいしさ”と“栄養”を追求したトマト100%飲料です(砂糖・食塩無添加)」とアピールして現在も販売中である。

対して、提訴したカゴメも「カゴメトマト100%」という製品を出しており、「従来のトマトジュースに比べて、酸味が少なくさらっとした食塩無添加のトマト100%ジュース」と記載している。発売開始が2013年3月26日とちょうど伊藤園の特許が登録された時期であり、そして現在は販売していない。いつまで販売していたかわからないが、恐らく伊藤園の特許に抵触すると判断して販売を中止したのだろう。

だから、カゴメは「確かに私たちは伊藤園の特許に抵触しました。だが、そもそも伊藤園の特許そのものが無効だから問題無い」と主張した訳だ。そして、この主張は特許庁には否定されたものの、知財高裁によって認められた。では、伊藤園の特許にはどんな欠陥があったのだろうか?

伊藤園の特許5189667「トマト含有飲料の酸味抑制方法」

伊藤園の特許の内容は、

「糖度が7.0~13.0であり、糖酸比が19.0~30.0であり、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が、0.25~0.60重量%であることを特徴とする、トマト含有飲料」

と実はかなり単純である。トマトジュースの成分を定めたパラメータ特許であり、その構成もかなりシンプルだ。

従来のトマト100%ジュースと比較して、糖度を高めて酸の比率を抑えている。それにより、フルーツトマトのような甘みがあり、トマトの酸味が抑制されたトマトジュースができる。カゴメトマト100%も甘さを高めて酸っぱさを抑えようとしていたのだから、そりゃ抵触する。

そして、この伊藤園の特許を読んだ人はこんな疑問を持ったのでは。

「こんな当たり前の数値を記載しただけの発明が、特許として認められるの?」

そう、その疑問は正しい。答えとしては、認められる場合と認められない場合がある。そして、特許審査において実はこの判断はかなり曖昧なところがあるのだ。

特許法第29条第2項では、

「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない」

と規定されている(参照サイト)。その趣旨は、「普通の技術者や同業者が簡単に発明をできるもの特許を与えたら、技術進歩に役立たないばかりでなく、かえって邪魔になるので、そのような発明には特許を与えない」と言う事である。

これが特許を受けるために最も重要とされる「進歩性」である。

伊藤園の特許に記された「濃厚な味わい」に根拠が無かった

伊藤園の特許は「糖度を上げたら甘みが増し、糖酸比を下げたら酸っぱさが抑制できる」というものであり、それだけなら当たり前である。カゴメは「そんな当たり前の製法に特許を与えるのは第29条第2項違反だ」と主張したのである。

もちろん、発明した伊藤園もそんな事は出願した時から重々わかっている。だから、特許の詳細で、

「本発明者らが上記構成のトマト含有飲料を作製したところ、濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された、格別に飲み易いトマト含有飲料が、再現性よく簡便に実現されることが判明した」

と記載している。伊藤園の特許は「私たちのトマトジュースの製法は、糖度と糖酸比を上手く調整したら、甘さと酸っぱさだけでなく、濃厚な味わいという全く新しい効果が生まれた、これまでより格段に進歩したものである」という書き方で、進歩性を主張しているのだ。

そして、この「濃厚な味わい」が裁判で争われた訳である。判決では、

「トマトジュースにはさまざまな成分が含まれており、糖度と糖酸比の成分の調整だけで濃厚な味わいが得られるとはいえない」

「(甘みや酸味だけでなく)苦みなどの要素の影響を踏まえた評価試験が必要」

と伊藤園の主張が全面的に否定された。実際、伊藤園の特許を読んだが「濃厚な味わい」を主張するのにはかなり苦労したようだ。特許の詳細には、

「かかる効果が奏される作用機構の詳細は、未だ明らかではない」

「トマト含有飲料の風味の評価試験は、12人のパネラーに委託して行い、各風味の強度を以下に示す基準で7段階評価したものである」

と書かれており、理論的に、数値的に「濃厚な味わい」を説明するのに苦慮していた様子が伺える。せめて理論だけでも解明していたら説得力が高まったと思うが、特許は早い者勝ちであるので、スピードを優先したのかもしれない。

伊藤園は非常に惜しかった。カゴメは賠償を免れて一安心

さて、このように伊藤園VSカゴメのトマトジュース特許バトルは、伊藤園がトマトジュースが非常に美味しくなるブレンドを発明したが、その理論と効果を上手く説明する事ができず、特許権を得る事ができなかったという事だ。

決して伊藤園のトマトジュースの製法がダメだったという訳では無い。実際に商品として販売しているし、特許の中でも12人のパネラーが「濃厚」と評価しており、甘さと酸っぱさだけでは無く、添加物無しでトマトジュースの味が非常に美味しく変化する優れた製法だ。

しかし、その「味が美味しくなる」説明が不足していた。知財高裁の判決で指摘されたように、もっと詳しい成分調査を行なって、味の変化を証明できていれば結果は違ったかもしれない。パネラー12人の感想という「それって信頼できるの?」と疑いを持たれる評価を選んだのが失敗だった。

だが、それは結果論だと思う。現実に特許登録を受けているし、一度は無効審判をはねのけている。恐らく、これまでの特許ではこのレベルの味覚評価でOKだったので、経験的に問題無いと判断したのだろう。伊藤園は今回の反省を踏まえて、さらに美味しい飲料の開発に力を入れながら、しっかりと特許を取得するように評価方法や書き方を改善して欲しい。

そして、一安心なのがカゴメだ。カゴメは「この特許技術を用いた製品は販売していないが、業界の発展のために提訴した。妥当な判決」とコメントしているが、これはちょっと言い過ぎだろう。

もし伊藤園の特許が認められれば、2013年3月26日に発売した「カゴメトマト100%」は特許抵触の代償として、特許使用料を遡って請求された可能性が高い。先にも書いたが、すでに販売を止めていた事からも、実は内心かなり冷や汗をかいていたのではないか。

総合すると、今回のトマトジュース特許バトルは両社の技術開発と特許戦略が真っ向からぶつかり合った見応えのあるものだった。そして。伊藤園とカゴメのどちらも裁判の結果により製品の出荷停止があったり、賠償金の支払いが発生する訳でも無いので、後腐れも無い。

飲料を巡る技術開発と特許戦略の貴重な教訓を得たとして、お互いに良い経験になったのではないだろうか。

参照:NHK NEWS WEB日本経済新聞毎日新聞朝日新聞の各記事

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宮寺達也 パテントマスター/アゴラ出版道場一期生
プロフィール
2005年から2016年まで大手の事務機器メーカーに勤務。特許を得意とし、10年で100件超の特許を取得。現在は、特許活動を通じて得た人脈と知識を駆使しつつ、フリーランスエンジニアとして活動中。

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宮寺 達也
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