【映画評】残像

2017年06月14日 06:00

1945年。スターリンが侵略の手を伸ばすポーランドで、アヴァンギャルドなスタイルで有名なポーランド人画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは、情熱的に創作活動を続けていた。だが彼の作品は社会的リアリズムに反するとして当局から迫害を受け、大学教授の職を追われた上、美術館からも作品を破棄されてしまう。ストゥシェミンスキは彼を崇拝する数名の学生たちの援助で懸命に活動を続けレジスタンスのシンボルとなっていくが、食糧配給も受けられずに困窮する生活は次第に彼を追い詰めていく…。

スターリン体制に反抗し自らの信念を貫いた実在の画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキを描く伝記映画「残像」。ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督は、一貫して理不尽な権力への反骨精神を描いたが、本作もまさにその系譜で、レジスタンスの塊のような主人公の生き様は、まるでワイダ自身の肖像画のようだ。先駆的画家・マレービチの弟子になった画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキは、カンディンスキーやシャガールらとも交流があった前衛画家。祖国を愛してやまないが、その思いは報われない。当局による熾烈な迫害の中で、食べるものもなく、食糧よりも熱望する画材さえ入手できない生活は、主人公にとっては死に等しい。それでも彼は祖国を捨てないし、体制側に迎合もしない。

象徴的なのは、娘との関係性だ。まだ幼い娘のニカは、母ではない別の若い女性と親密な父親に、愛憎入り混じる複雑な思いを抱いてる。祖国を愛しながら、芸術を政治に利用しようとする当局に断固として抵抗するストゥシェミンスキの生き方と、この父娘の関係性が重なって見えた。ストゥシェミンスキが非業の死を遂げたのは歴史の事実だが、そのラストは、ワイダの初期の傑作「灰とダイヤモンド」の主人公がゴミ捨て場でぼろきれのようになって死んでいく場面を連想させ、戦慄する。

左手と右足のない松葉杖のストゥシェミンスキが、冒頭で、なだらかな草原の丘の斜面を、笑いながら転がり落ちて、目的地に到着する場面がある。それは難しい時代にポーランドで生きる芸術家が幸せを謳歌する幻想のように、はかなく幸福な場面だ。「残像はものを見た時に目の中に残る色だ。人は認識したものしか見ていない」とは、主人公が劇中に学生に語る言葉。アートの表現の自由を決してあきらめなかった不屈の精神が、威厳を持って響いてくる、ワイダ渾身の遺作だ。
【70点】
(原題「POWIDOKI/AFTER IMAGE」)
(ポーランド/アンジェイ・ワイダ監督/ボグスワフ・リンダ、ゾフィア・ヴィフラチュ、ブロニスワヴァ・ザマホフスカ、他)
(反骨精神度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年6月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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