首の皮一枚繋がったトランプ大統領(特別寄稿)

渡瀬 裕哉

トランプ大統領の首の皮一枚を繋げたジョージア州第6選挙区補欠選挙

2017年6月20日、トランプ大統領の命運を左右する選挙が行われました。その選挙はジョージア州下院第6選挙区で行われた補欠選挙です。同選挙区は共和党が約40年間議席を維持してきた選挙区であり、オバマケアの見直しを担当するトム・プライス厚生長官の地元であり、トランプ政権最大の支持者の一人であるニュート・ギングリッチ元下院議長の地盤でもあります。

ジョージア州第6選挙区の補欠選挙は、共和党のハンデル候補と民主党のオソフ候補の激しい闘争が行われてきており、世論調査では民主党のオソフ候補者が平均して優勢な数字を記録し続けていました。しかし、最終的には共和党陣営がナンシー・ペロシ民主党院内総務とオソフ候補者のイメージを重ねるキャンペーンを効果的に実施し、同選挙区の保守的な共和党員を動員することに成功したことで、共和党のハンデル候補が民主党のオソフ候補に僅差で勝利しました。

補選に勝利した共和党のカレン・ハンデル氏(karenhandel.comより:編集部)

トランプ大統領にとっては共和党議員・共和党員からの信任を揺るがす可能性がある同選挙をクリアしたことで、自らの政権を首の皮一枚分延命させることができました。今後もユタ州などで補選が予定されているものの、同補欠選挙の勝利を通じて辛うじて共和党議員・共和党員からの信任を獲得したことで、同氏を巡る弾劾の議論は沈静化する方向で推移していくことが予想されます。

トランプ大統領を取り巻くロシアゲートの問題は、依然として明確な証拠が提示されている状況ではありません。ただし、同大統領の弾劾の可否を決定する連邦議員からの信任(特に共和党議員からの信任)が揺らいだ場合、トランプ大統領の一連の言動について連邦議員らが弾劾の可否も含めて問題視する可能性が存在しています。特に選挙に弱いと看做されてしまえば共和党内から暗黙的にトランプ交代の機運が高まっても不思議ではありません。

トランプ大統領を取り巻く状況は依然として厳しいものがあります。現状では来年に予定されている中間選挙の世論調査の数字は民主党が共和党に対して8%前後の優位を築いています。上記のジョージア州の補欠選挙以外にも、カンザス、モンタナ、サウスカロライナと共和・民主対決型の補欠選挙が行われましたが、いずれも2016年の議会選挙時よりも得票率の差が民主党に大幅に詰められている状態です。共和党議員らからはトランプ大統領で来年の中間選挙を戦えるかは依然として疑問符がつけられている状況と言えます。

なぜ、トランプ大統領はパリ協定やキューバ政策などを見直すのか

トランプ大統領はパリ協定離脱、オバマ時代のキューバ政策の見直し、宗教法人の政治活動の規制緩和など、共和党保守派が歓喜する内容の行動を実行しています。それは同政策を実行することがトランプ大統領のコアな支持者である共和党員からの支持を繋ぎ止めることに寄与するからです。これらの政策が実行されている限り、共和党支持者からの支持が低下していくことはほぼ無いでしょう。これらの状況は共和党の連邦議員がトランプ大統領の弾劾に動く可能性を引き下げることにつながっています。

一方、トランプ大統領の娘婿のクシュナー大統領上級顧問がホワイトハウスにおいて主要な役割を果たし始めた今年3月以来、世論調査ではクシュナー氏が影響力を持つことについて共和党支持者からの納得を完全に得られているとは言えません。クシュナー氏と近い関係にある政権内の元民主党員に対する共和党支持者からの不信は根強く、最近ではロシアゲートへの関与が疑われる中でクシュナー氏の影響力が低下しつつあるように見えます。

今後の政策的な焦点は保守派の中でもナショナリスト的色彩が強い勢力が推進してきた国境税調整が税制改革案の中で議論として復活していくのかどうかと言えます。来年の中間選挙における上院の改選選挙区は製造業州であるため、中国や近隣諸国との不公正貿易に関する議論も再び盛り上りを見せていくでしょう。

トランプ大統領の予算・減税政策・主要法案を可決していくことは極めて困難な状況に変わりなし

トランプ政権は連邦議会と予算・減税政策・主要法案を調整していく必要がありますが、共和党自体は一枚岩ではなく、主流派・保守派で約半数に分かれている状況となっています。各共和党議員が主流派か・保守派かについては共和党保守派の団体であるAmerican Conservative Unionが発表している連邦議員の保守度を100点満点で評価した指標を参考にすると見分けることが可能です。

トランプ政権が大統領の一存で実行できること(主に大統領令・大統領覚書)において、極めて計画的に様々な政策を実行に移しているに対し、予算・減税政策・主要法案(オバマケア見直し)などで苦戦している理由は、トランプ政権が連邦議会の共和党議員らを十分に掌握できていないためです。

上記の連邦議会と調整を必要とする案件については、通常は一定の交渉期間を有することになります。しかし、ホワイトハウス内で主流派(NY派含)・保守派の間で権力の逆転現象が生じやすいトランプ政権の特徴を加味すると、それらの時間がかかる案件は政権の方針が途中で変わる傾向があると言えます。その結果、議会側との調整が場当たり的なものになり、統一的な方針を維持していくことが難しくなっています。

今後、インフラ投資に関する政策は相対的に進んでいくことになると想定されますが、それ以外の予算・税制が絡む案件については長期間話が進まないことが予想されます。その結果として、しばらくの間は中間選挙に向けた共和党への支持率は回復せず、トランプ大統領の指導力にも疑問符が付き続けることになるでしょう。

トランプ大統領は民主党側の切り崩しに本格的に着手していくことになるだろう

トランプ大統領の支持率は現状よりも大幅に下がることはありません。なぜなら、トランプ大統領は、ロシアゲートに対する対策の面もあって非常に保守的な政策を実行して共和党員からの基礎票を固め切っている状況にあるからです。上述の通り、ロシアゲートの問題が十分に片付くまでは、トランプ大統領が現状のスタンスを崩すことは想定できません。

一方、中間選挙を睨んだ場合、トランプ大統領は自党の支持率を改善していく必要がありますが、予算・減税策などを首尾よく通して支持率を回復させることは容易ではありません。したがって、自陣営がポイントをあげていくことは難しいため、逆に民主党陣営を効果的に分裂させることで民主党のイメージを低下させていくことに全力を注ぐことになるものと思います。

実際、民主党内では執行部を牛耳る中道派と勢いを強める左派の勢力争いが再燃しつつあるとともに、トランプ陣営は中道派の中でも共和党に近い考え方を持つブルードックと呼ばれる議員らを税制改革で取り込むように仕掛けています。今後は、インフラ投資政策による利益誘導などを効果的に活用して、民主党議員らへの切り崩しが本格化していくものと思われます。

今後、ロシアゲートで決定的な証拠(特にクシュナー氏に関するもの)が出てこない限り、トランプ大統領を取り巻く疑惑は小康状態となっていくことでしょう。ただし、それも来年の中間選挙における世論調査の支持率の推移、そして中間選挙の結果によって大きく変わることになると見るべきです。

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