早期前立腺がんに手術は必要か?

中村 祐輔

先週号のNew England Journal of Medicine誌に「Follow-up of Prostatectomy versus Observation for Early Prostate Cancer」というタイトルの論文が報告されていた。著者たちは、以前にも「早期前立腺がんは手術をしてもしなくても生存率に差はない」と報告していた。今回の論文も結論を一言でまとめると、「手術をしても、何もせずに観察をしていても、死亡率に有意な差がない」ことである。私はこの結論には納得いかないのだが、まず、データを紹介する。

1994年11月から2002年1月にかけて、731人の早期前立腺がん患者を根治的前立腺切除群と経過観察群に分類し、2014年8月まで経過をフォローした結果をまとめたものである。19.5か月(中央値12.7ヶ月)の観察期間内に、手術群では364名中223名(61.3%)が、観察群では367名中245名(66.8%)が死亡し、観察群の死亡率が5.5%高かったが、統計学的にはp値が0.06と有意水準に達していない。

前立腺がんに関連する死亡率は、手術群で27名(7.4%)に対し、観察群では42名(11.4%)と観察群で約4%高いが、これもp値が0.06と統計学的には有意水準に達していない。がんの再発リスクを高、中、低と3分類して検討した結果、中等度リスク群では手術が死亡リスク低下に関連しているが、他の群では差がないと述べられていた。がんの進行は手術群の方が低かったと述べられる一方で、尿失禁、性的機能の低下、や日常生活への支障などは、手術群が高かったと記されていた。最終的に手術は死亡率低下と関連しないと結論付けていた。

確かに、「統計学的に」差がないのは事実だが、結論ありきで、データを解釈しているような気がした。もし、この試験がこの2倍の規模で行われ、死亡率などの割合が同じであれば、統計学的には有意な差があるとの結果になる。上述したが、p値は0.06で、一般的に利用されている0.05という水準を満たしてはいないが、グラフで見る限り、手術の方が、前立腺がん関連死が低い傾向を示している。

どうみても、手術が予後の改善に役立っていないと結論付けるには無理がある。統計学的な数字を満たしていないことと、本当に意味がないと断定することは同じではない。多くの臨床医が、このp値という数字に振り回され、p=0.06であれば、反射神経的に、AはBと関連しないと単純に結論付ける性癖がある。

たとえば、A群では10人中5名が死亡し、B群では10名中1名が死亡すると仮定すると、p値は0.07となるが、A群が20名中10名、B群が20名中2名の死亡だとp値は0.007となり、0.05を大きく下回り、B群の方が「統計学的に有意に」死亡率が低いと判断できることになる。同じ比であっても、対象患者数が多くなるほど、信頼度は高くなり、p値は小さくなる。したがって、深く考えず、単純にp値に振り回されていれば、真実が見えなくなるのである。

最近は、統計学に限らず、種々の解析ソフトが開発され、多くの研究者は解析そのものの意味・意義も理解せず、数字の奴隷となっている。ゲノム解析では、シークエンサーによって生み出され、インフォーマティクスの人に解析してもらってデータを鵜吞みにしている、箸にも棒にもかからない研究者が増えてきている。どのように遺伝子配列が決定されているのか、その原理さえ知らない研究者も知らない人も少なくない。

どこもかしこも目利き、本物の研究者が少なくなってきたものだ。

と思いつつ、時差ボケで早く眠りにつくのを避けるため、「コードブルー」というドラマを、目をこすりつつ眺めていた。しかし、40年前の自分がフラッシュバックのように蘇り、頭部外傷の子供の血腫を取り除く場面では思わず手を握りしめていた。血腫に穴をあけて血が吹き出す場面では、私が行った脳室内ドレナージ(脳室内に管を入れて、脳室内に溜まった血液を外に取り出す)の瞬間に管から血液が噴出した場面が蘇った。CT画像を見て、即座に脳室内の血腫を外に排出することが必要と判断し、誰の助けも借りずに一人で行った。

ドラマと同じように子供で、何とか救いたい一心だった。卒業して1年経ったかどうかという頃で、部長からは「無謀すぎる」と叱られたが、医学的には妥当だし、一発でドレナージできていたので、その目が笑っていたのを覚えている。しかし、他にも外傷がひどく、残念ながら患者は救えなかった。ドラマとはいえ、子供の患者が意識を取り戻した時には、自然と目が潤んでいた。いい歳をして少し恥ずかしい。

救急医だった自分が懐かしいが、血にまみれていた青春時代には戻れない。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年7月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。