NAFTAの行方は米国経済にも重大な影響を与える

白石 和幸

http://www.sinembargo.mx/16-02-2017/3153531から引用

メキシコはアングロサクソンの北米の一部だと、この23年間メキシコの政治指導者は思っていた。しかし、突如、人種差別主義者のトランプ大統領が誕生。彼によって、「メキシコは北米には属さないのだ」ということを彼らは認識させられたのである。

それに、トランプ大統領は追い打ちを掛けるかのように国境に壁を建設することを決めて、建設実施の大統領令に署名した。そして、米国に住む不法移民を本国に送還させるとした。凡そ、1100万人いるとされているヒスパニックの不法移民の中で、メキシコからの不法移民は600万人と推定されている。

不法移民の不安は募っている。メキシコ政府は米国にある50のメキシコ総領事館に4500万ドル(51億8000万円)を拠出して、移民専門の弁護士の増員などを計って不法移民者からの相談や保護に応じる体制を整えている。

一方、米国に在住する3500万人のヒスパニックの合法移民の多くは彼らの存在が米国の経済に如何に重要であるかということを知ら示す為に2月16日、ヒスパニック移民の多いワシントン、ヒューストン、シカゴ、ボストン、フィラデルフィア、ロサンゼルスといった主要都市、そして州全体としてカリフォルニア、ノースカロライナ、テネシー、ミシガン、テキサスなどでレストランなど商業施設が店を閉めてデモ行進を実施した。また、ヒスパニックの子供も差別教育に反対して休校した。

ビセンテ・フォックス元大統領はトランプ政権に対して、メキシコ政府は強気の姿勢を示すべきだとして、メキシコに滞在している米国の麻薬取締局員との協力を中断させ、彼らをメキシコから退去させ、更に必要とあらば、中米からの移民の国境通過のコントロールを廃止して米国への違法入国を容易にさせるべきだという挑発的な発言をした。

メキシコの輸出の80%は米国市場向けである。この米国への依存度にも再考が必要となっている。何故なら、トランプ大統領は米国第一主義を唱え、メキシコからの輸入には関税を設ける姿勢でいるからである。当初、彼は35%の関税を設けると発言していた。それが違法な関税率であると批判され20%に下げた。しかし、35%も20%も世界貿易機構(WTO)の規約に照らして見れば違法であり、北米自由貿易協定(NAFTA)という枠内での最高税率として許されるのは3%の枠内であるとされている。

何れにせよ、これもトランプ大統領の独断による勇み足となる可能性が強い。仮に20%の関税を適用しようものなら、現在メキシコで生産されている米国に輸出される自動車向け部品にも20%の関税が適用されることになる。それは米国で生産する自動車のコストアップに繋がることになる。米国で生産される一台の自動車の部品の平均して25%がメキシコで生産された部品を使用しているという。

同様に、トランプ大統領が忘れていることが以下の3点にある。

  • メキシコは米国産トウモロコシの最大輸入国であるが、NAFTAの交渉の成り行きによっては、メキシコは米国からの輸入を取りやめて、ブラジルとアルゼンチからの輸入に切り替える意向をもっている。メキシコは米国からトウモロコシを24億ドル(2760億円)、小麦6億6000万ドル(760億円)、ライス7億5000万ドル(860億円)を輸入している。ブラジルとアルゼンチンはトウモロコシは米国に次ぐ生産量を持っている国で、メキシコへの輸出は是非とも望んでいるところである。問題は価格面である。米国産のトン当たり198ドルに対し、ブラジルとアルゼンチンはそれぞれ210ドルと217ドルという価格になっている。
  • 米国で600万人の雇用がメキシコとの貿易に関係している。NAFTAの交渉結果が相互の貿易取引の後退を導くものになれば、自ずとこの600万人の雇用にも影響して来る。
  • 米国のほぼ半分の州の経済がメキシコへの輸出に依存している。その為、両国の取引が減少すれば、米国の各州の経済にも影響を与えることになる。特に、テキサス州の経済はメキシコに依存する比率は非常に高い。

例えば、テキサス州の2015年のメキシコへの輸出額は945億2500万ドル(10兆4000億円)、それは同州の輸出総額の38%に匹敵するという。同様に、メキシコへの依存度の高いカリフォルニア州の場合は同州の全輸出の16%がメキシコ向けである。この二つの州以外に、メキシコとの取引の多い州はイリノイ、オハイオ、ルイジアナ、インディアナ、テネシー、ペンシルバニア、ジョージアなどである。

メキシコの米国への依存度を軽減させることに味方するかのように、アルゼンチンのマクリ大統領はブラジルのテメル大統領の協力を得て、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイが構成するメルコスル(南米南部共同市場)の見直しを進めている。何故なら、この協定は加盟国以外の国との提携は僅かの国とだけ交わしているだけで閉鎖的な協定である。この協定を太平洋同盟(メキシコ、ペルー、コロンビア、チリ)とを結び付けてラテンアメリカにおける巨大な共同市場の構築の検討を開始したいと望んでいるのである。

太平洋同盟はメルコスールとは異なり、自由貿易主義で、メンバー国はそれぞれ独自に40か国近くと既に貿易自由協定を結んでいるのである。太平洋同盟の側ではチリのバチェレ大統領がこの巨大市場の構築の為の調整役を担当している。そして、彼らが望んでいるのは米国への依存度を軽減させて、欧州連合や日本などとの取引の拡大である。

これを機縁に、メキシコも今後、米国への依存度を軽減させて、この巨大市場への積極的な参加を望んでいるのである。