コーランを鵜呑みにするのは危険

2017年08月09日 11:30

「宗教の聖典に記述されている一句一句をそのまま受け入れていくと、最終的には根本主義となってしまう」
スイスのカトリック教会司教会議のシャルル・モレロ議長(Charles Morerod)はスイス日刊紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥングとのインタビューの中で語った。バチカン放送独語電子版が7日、報じた。

▲トリエント公会議(ウィキぺディアから)

▲トリエント公会議(ウィキぺディアから)

同議長は、今日の聖典コーランに対するイスラム教徒の立場が第2バチカン公会議(1962~65年)前のキリスト者の聖書との関係に類似していると主張している。

「第2公会議前までは多くのキリスト者は聖書を一句一句、逐語的に解釈してきた。例えば、創世記の神の創造だ。それによると、神は7日間で森羅万象を創造したという。しかし、ロゴスの創始者・神は人間がその社会、文化、様式の中で理解できるように語ったのだ。だから、神の言葉を歴史的な枠組みの中で理解していかなければならない」という。

一方、同議長はイスラム教徒が置かれている立場に理解を示し、「彼らにとってコーランは決して単なる伝説や言い伝えを集めたものではなく、神の直接の言葉と受け取っている。多くのイスラム教徒は平和的な記述が多い古いコーランより新訳のコーランの方が価値があると考えている」と指摘する。

ここでコーランの新・古解釈について少し説明する。例えば、エジプト出身のイスラム教専門家、イエズス会所属のサミーア・カリル・サミーア神父(Samir Khalil Samir) はコーランの新しい解釈を求めている一人だ。同氏は、「コーランは平和的な内容だが、同時に攻撃的な個所も記述されている。後者は異教徒との戦いの時代に生まれてきた部分だ。だから、イスラム教徒はコーランを新しく解釈する必要がある」という。

ムハンマドは610年、メッカ北東のヒラー山で神の啓示を受け、イスラム共同体を創設したが、メッカ時代を記述したコーランは平和的な内容が多い一方、ムハンマドが西暦622年メッカを追われてメディナに入ってからは戦闘や聖戦を呼びかける内容が増えてきた。

すなわち、コーランはキリスト教の聖典、聖書の旧約・新約聖書と同じように2つの異なった内容から構成されているわけだ。旧約聖書の神が厳格で厳しく、新約聖書の神が「愛」であるといったように、メッカのコーランは平和的な内容が多く、メディアのコーランになると戦い、聖戦が主流となっていく。

キリスト教の場合を少し振り返る。宗教改革者マルティン・ルター(1483~1546年)が当時のローマ・カトリック教会の腐敗を糾弾し、「イエスのみ言葉だけに従う」といった信仰義認を提示し、贖宥行為の濫用を問いかけた「95箇条の論題」を発表してから今年10月で500年目を迎える。

ルターは古い教義にしがみ付くキリスト教会の刷新のために「聖書に帰れ」と叫び、教会の改革に乗り出した。それに対し、当時のキリスト教会はルターの宗教改革への対抗としてトリエント公会議(1545~63年)を招集し、そこで教会の刷新と教義の遵守を再確認している。その流れは第2バチカン公会議まで続く。

蛇足だが、ドイツのローマ・カトリック教会は昨年9月、ドイツ語訳の統一聖書を作成したばかりだ。聖書の原点、古代ギリシャ語からの忠実な訳といわれているが、教会の教義に反する個所については古代ギリシャ語訳を無視している。
例えば、古代ギリシャ語では神とイエスは明らかに異なった立場だが、統一聖書では神とイエス、聖霊の三位一体論のカトリック教義を追認している、といった具合だ。

まとめると、イスラム教の場合、メッカ時代のコーランの再評価が急務となる一方、キリスト教の場合、聖書の原点に戻り、教会が恣意的に構築してきた教義の再考が必要となるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年8月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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