女性登用とは能力で劣っても大目に見ることのはず?

2017年08月09日 20:00

波紋が広がった稲田氏の防衛相離任式(防衛省サイト:編集部)

稲田朋美前防衛相に対する批判が収まらない。離任式をしたからけしからん、後任の岸田外相がが一時的に兼任したことはいかがなものか、閉会中審査に参考人として出てこないのはおかしいなどと非難されている。

離任式は責任を取っての辞職の場合でもするのは、それが犯罪でもない限りは当然で、別におかしくない。ただ、あの軽薄な笑顔も演説も気が知れない。

そのあとを、外相との兼任は総合的に見て妥当だと思う。組閣で多忙な総理に兼任させるのは無理があるし、新たな任命をするのも、防衛庁に余計な負担となっただろう。

ただし、そもそもは、稲田氏のような不適任者を任命した責任は首相も免れない。そして、稲田氏のような「素人」を大臣にするなら、副大臣にベテランをつけて補佐させ、今回のような事が起きたら、代理がつとまるように準備させておくべきだった。過去に、大臣に能力や体力などに問題がある場合には大物副大臣を就ける事はあったのである。

稲田氏に対して、能力や経験が十分でないという批判が多かったが、はっきりいって、女性登用というのは、男性の政治家に比べて知識経験が不十分でも女性の可能性を広げるために、少々のことに目をつぶって登用すること以外の何でもない。だからそれを否定する事は女性登用を否定する事だ。

私はそもそも過剰な女性の閣僚登用は反対だ。そもそも自民党は女性議員を育ててこなかった。だから、女性閣僚登用の目標を明確化したうえで、女性議員の増加や政務官、副大臣への登用という手順を踏んで、人材が育ってきたところで大臣にすればいいのである。

もし私が人事を行うような立場にあれば、下の方からの女性登用は大胆に、上の方は慎重にするだろう。審議会の委員とか議員候補については、私は半数とかそれに近い数字のクォーター(割当制)にしてもいいと思っているほどラディカルだ。ところが、世の中は上の方から象徴的にすることに傾くがこれは間違っている。

その昔、通商産業省に入ったころ、将来ビジョンを書かされたので、「女性キャリアの採用を大胆に増やすべきだ。どうせ将来、女性を登用しろという事になるに決まっている。そのときに、外部から能力経験がない人材をもってくるより、内部で人材を採っておいた方がよい」としておいた。

そうした方針は役所でも採るところになったので、やや無理をして採用した女性キャリアがいま活躍している。

だから、安倍首相が閣僚というトップのところで女性を、無理に増やそうとしたのは、賛成できなかったが、対外的イメージなどではそれなりの効果があったから理解でできないわけでない。しかし、バックアップシステムを構築しておかなかったのは明らかなミスだ。

そして、今回の組閣では、野田総務相、上川法相という知識経験において女性だから優遇されたわけでない人たちが閣僚になった。

特に、野田総務相は、世襲と言えば世襲だが、岐阜県議からのたたき上げだ。五輪相といった陪食大臣でなく組織があるところがいいといったらしいが頼もしいと思う。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学大学院教授

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