日本ファーストの会、人づくり革命…ポエム政治家を放置するな

2017年08月14日 13:30

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新日本プロレスのG1クライマックスが終了した。内藤哲也選手が4年ぶりに優勝した。録画放送を見たのは楽しみだ。内藤哲也選手は「制御不能」キャラでブレークしている。ただ、彼は新日本プロレスに所属しているし、その中では高額な年俸をもらっていると言われている。制御不能と言いつつ、しっかり制御されている。安倍晋三風に言うと、「アンダーコントロール」だ。この「制御不能」がネタになるのも、プロレスの世界であり、それを煽る東スポ的世界、プロレスマスコミ的世界ならではだろう。

ただ、プロレス者として、また世間のはみ出し者として、カタギの世界の国政で、プロレス的煽りを見てしまうと、首を傾げてしまう。我が国の政治は、プロレス化というか、印象操作、ポエム化の連鎖に走っていないか。国民の間には不満と不信が鬱積していないか。猖獗した時代に、私はこの檄を叩きつける。満腔の怒りを押し殺しつつ、警鐘を乱打する。

「日本ファーストの会」なる政党が出来た。正直なところ、センスが悪いと思う。政党名自体が笑止千万の妄言である。これぞ、印象操作、ポエム政治の極みだと言えるだろう。いや、訂正しよう。印象操作はまだ悪意なりに意図があるから良い。ポエムにも創作の意図がある。この政党名こそが、国や国民のことなど何も考えていないことを象徴していないか。

まず、私は○○ファーストという人を信用しないことにしている。いや、意思表明としては悪くない。ただ、○○ファーストになっているかどうかを判断するのは、有権者である。言うまでもなく、社会は様々な利害関係者によって成り立っている。グローバル化か、反グローバル化か、緊縮か反緊縮かというせめぎあいもあるものの、一国だけで何かを成り立たせようとすることの難易度が高いことをみんながよくわかっている。

この党名に対する怒りは、燎原の火のごとく燃え広がりつつある。すでに釈明に追われているようだ。その釈明も、破廉恥な居直りにしか見えない。関係者は怒りと反発の直撃をうけて顔面蒼白だろう。どれだけの覚悟で「日本ファーストの会」を名乗ったのだろうか。政党名は、企業で言うと社名にあたる。どれだけの想いを込めたのか。創りたい世界とは何なのか。

別に極右政党だというなら、それでも良い。世界では極右政党が跋扈している。日本もそうなってもおかしくはない。極右政党を名乗らずとも、極右的政策をとられる場合もあるわけで。「極右です」と宣言して頂いていた方がわかりやすい。ただ、左翼が分裂を繰り返すように、極右業界の中にも様々なポジションがあるわけで。どのくらいの覚悟なのか、何をよしとするのかを提示して頂かなくては判断できない。

ジェネリック自民党、極右自民党、ポピュリズム政党と揶揄された場合、どう反論するのか。外国人や少数派に凶暴な弾圧をうちおろすかのような党名はいかがなものなのか。政策は単なる換骨奪胎ではないのか。国際都市、しかもオリンピックが開かれる都市東京の首長とも関わりのある党としてどうなのか。普遍性を装った美しい言葉を悪用し、日本を排外的な国へと雄飛させることに血眼となっていないか。反安倍なるムーブメントがあるが、首相は批判されてナンボだと思うのだが、「日本ファーストの会」こそがオルタナティブだという珍妙きわまりない情勢認識が開陳されていないか。

与党も「人づくり革命」なるものはポエムに過ぎない。すでに、政策としては党内外で議論してきたものばかりではないか。だいたい「一億総活躍」「働き方改革」はどこにいったのか。それも志半ばであるはずである。革命という言葉は、体制が変わることを指す。日本の政党で、革命という言葉を使えるのは、共産党と公明党くらいではないか。

なぜ、このような政治がまかり通るのか。国民が馬鹿にされているからだ。与党が強いのではなく、野党が弱すぎるからだ。いや、日本の政治は弱すぎるのだ。

印象操作政治、ポエム政治家に騙されない知識人であろうと改めて決意するとともに、警鐘を乱打すべく勇躍決起した次第である。


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編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2017年8月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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