VALUとどう付き合うか問題 我が敗戦記

2017年08月19日 11:30

YouTuberがVALUで全額売り逃げをしようとした件が話題となっている。その行為はどうなのか。関係者が売買していたがゆえにインサイダーではないかという意見もあった。現状の同サイトの運営ルールからいうとグレーというか、セーフという見方もあるようだが。

この段階で、何のことか分からない人もいるだろう。VALUとは、個人上場サイトのようなものだ。個人が上場しており、そこにVAという値がついている。需給などにより価値が増減する。個人を株式のように見立てているように見えるのだが、「金融商品」ではないというスタンスのようで。個人応援サイトともされている。

詳しくはこれらの記事や・・・。
VALUで価格つり上げ→全株売却 YouTuberヒカル氏に批判 全株買い戻しへ – ITmedia NEWS http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1708/17/news052.html

YouTuberヒカル氏のVALU騒動、法的にどう見る? 「弁護士YouTuber」の解説動画に注目 – ITmedia NEWS
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1708/18/news073.html

YoutuberヒカルさんのVALU事件、いろんな方面に延焼中 – やまもといちろう 公式ブログ
https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/13149626.html

とくにやまもといちろうさんのエントリーは秀逸で、論点は出尽くしているかのように見える。一部重なるが、私はここから一当事者として、VALU問題について書くことにする。実は、私自身もVALUに「上場」しているのだ。

常見陽平のVALU
https://valu.is/yoheitsunemi

美味しい想いも地獄も味わったので、共有することにしよう。結論から言うと、VALUとは金融商品なのか、個人応援サイトなのか。やまもといちろうさんのエントリーにある件で、上場している私自体、悩んでいる。

VALUのサイトには、こんなキャッチコピーが掲載されている。

あなたの価値をVALUでシェア
だれでも、かんたんに、あなたの価値をトレード。ビットコインを用いたマイクロトレードサービスです

この時点で、やや違和感を抱く人はいるかもしれない。価値をシェア。価値をトレード。どういうことなのだろう。

私がVALUを始めた理由は実は、特に意味がない。新しいものなので、ちょっと試してみようというところから始まった。「カーっとなってやった」というものに近い。上場申請をしたのは6月だっただろうか。メールの履歴をみると、6月27日に公開となっている。

当初、時価総額は700万円前後だったが、今月の初めには一時、「時価総額」は1100万円台までいった。ただ、今週、大幅に下落し、一時は500万円を割るレベルにまでいっていた。8月19日朝の段階で、660万円台に回復している。

仕組みや勝ちパターンがよく分からないまま、私は自分のVAを売却しまくった。当初、5000VAが付与されたのだが、そのうち約700VAを売却している。ざっくり計算すると分かると思うが、結構な額をゲットした。

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ファッション、アクセサリーに使った。この段階で石を投げられそうだが、私自身、まったくの計算もなく。そして、人前に出ることも多い仕事をしており。可愛さが自分の強みでもあるので、ここは自分への投資だと理解した。もちろん、育児グッズにも使った。

しかし、あまりにVAが市場に供給過剰になったこともあり、私のVAは伸び悩み、ついには今週、ストップ安状態になった。

VAの持ち主からは、強く言われるわけではないものの、価値を上げてくれというコメントを頂く。それは当然だ。

何もしていなかったわけではない。優待も色々考えた。

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リングネームを考えてあげる権利。

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使用済みメタルTシャツプレゼント。

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美味しいもの。

ただ、これも一度登録したら修正がきかず。写真がまがっているままアップされてしまった。21日にきれるので、また考えよう。

何かこう、人生でずっと向き合っているような敗北感が渦巻いている。

幼少期『ウルトラマン』や『仮面ライダー』やプロレスを観て、「強くなりたい」と思った。しかし、喧嘩ではいつもボコボコにされた。ウルトラマンにも仮面ライダーにも、藤波辰爾にもなれなかった。

中学時代までは神童と言われていたが、進学校に進むと勉強にもついていけずドロップアウトした。読書とヘビーメタルで乾いた心を癒やした。バンドをやった。下手くそだった。

大学時代、ゼミの仲間に圧倒された。みんな、秀才揃いだった。プロレスが私の居場所だった。

みんな、大手企業に決まっていったが、私はリクルート事件で有名なダーティーな企業、リクルートしか内定がでなかった。今ではそれなりに大手企業だが、当時は、別に立派な就職先ではなかった。

会社員時代。仕事ができず、周りの皆に圧倒された。「新人が入ってきても、お前に教えられることはあるのか」と罵倒された。実際、何も教えられることはなかった。仲間たちが出世したり、起業して成功していく様子をじっと見ていた。

著者になっても、同世代の他の著者ほどは売れない。教え子に「常見先生の本、近所の書店になかったのですよぉ。売れているんですね」と言われるのが辛かった。売れているのではなく、置いていないのだ。ラジオに出る機会を頂いても、上手く話せない。私が役にたつのはBBQオフ会の幹事くらいだった。有料メルマガも失敗した。

大学教員になっても、自分の実力がたりず、居場所がなくてこまっている。

子供をやっと授かったが、自分のいたらなさを娘から教わる日々だ。

そして、VALUもストップ安。どれだけ負けたら、許してくれるんだ!

東京にさえ出れば、何かが変わると信じていた、あの頃と変わらないじゃないか!

はぁ、はぁ。

でも、夢のようなものもできていた。来月で著者デビュー10周年だ。企画をプレゼンし、資金調達しようかと思っている。100万円集めて、入場無料でパーっと意識の高いパーティーをやろうと思っている。

上を向かなくてもいい。前を向いて進むのだ。


私への一番の応援は、本を買ってもらうこと。最新作、よろしくね!


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2017年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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