最高値を記録した児童虐待数を減らす2つの方法

児童福祉に携わる認定NPO法人フローレンスの駒崎です。

胸の痛いニュースがありました。

なぜ児童虐待数が10年前の3倍にも増えているのか、またどうやってそれを減らせるのか、を解説したいと思います。

児童虐待の中身

まず12万件の内訳は、以下のようになっています。

最も割合の多い心理的虐待とは、子どもに対し暴言を吐いたり、子どもの目の前で家族に暴力を振るったりすること(面前DV)等です。

児童虐待が「増えた」理由

2004年に児童虐待防止法の改正によって、それまで虐待と見なされなかった面前DVも「心理的虐待」と定義されるようになりました。

面前DVでも子どもの脳に物理的ダメージを受けることが、研究によって明らかになったためです。

それによって、虐待の定義の幅が広がったことで、虐待件数も増えることになりました。

また、児童虐待に関しマスコミも、コンスタントに報道し続けてきました。

(多くの報道がなされている「待機児童」とニュース分量を比較しても引けをとりません。)

以前ならば「しつけだろう」「それぞれの家庭のことだから、他人が立ち入ることではない」という認識が、「児童虐待は犯罪行為なので通報するべきだ」というように認識が変わっていったことで、通告(公的機関への通報)件数が増えていったことが考えられます。

また、政府も児童虐待に対して素早い通告を求めるようになりました。

その一つが虐待相談ダイヤル189(いちはやく)の創設です。こうした施策が、相談のハードルを下げたことも、通告件数の増加に貢献したでしょう。

さらには、これまで別々に動いていた警察との連携も進んできました。警察が通報を受けたケースを、児童相談所と共有するようになってきました。

一方で、核家族化による孤独な子育てや、ワンオペ育児等によって、実際に児童虐待が増えているという指摘もあります。本当にそうなのか、またそれはどの程度なのか、ということは更なるエビデンスと研究が望まれます。

さて、このような児童虐待への関心と認識の広がりは、早期における虐待発見に寄与することとなりました。

では児童虐待の解決に、我々は近づいているのでしょうか?実際は、そうではないのです。

パンクする児童相談所

児童虐待の通告数の増加によって、児童相談所(児相)の仕事は激増しました。それに伴い、政府も幾分予算を増やし、ある程度児相職員の増加が見込まれました。

しかし、児相職員が増えるよりも早いスピードで虐待通告数が増えていき、結果として一人当たりの職員が抱えるケース数が増えていき、本当に重篤なケースに手が回らない状況が生み出されていきました。

こうした事態を受けて、児相がより深刻なケースに集中できるよう、軽いケースに関しては、市区町村に振っていくという取り組みが、北九州市などではなされています。

しかし、市区町村の担当課も潤沢に人員がいるわけではなく、多くの軽いケースに対処することが難しい場合も多く、試行錯誤を続けています。

では、どうすればいいのか

答えは、児相だけに業務を集中させるのではなく、虐待を予防と対応に分け、予防については基礎自治体にある各子育て支援機関、医療、福祉サービス等がそれぞれ分散・連携して支えていくことが一つ。

児相に行く前に、できるだけ地域の保育所、学校、子ども家庭支援センター等で相談に乗り、ソーシャルワークを行なって、子育ての負担と生活の不安を減らし、課題解決に伴走していくのです。

また、児相にケースが行ってからも、児相がしっかりと対応できるよう、児童福祉司をはじめとした職員を増やしていくこと。

児相を補完する基礎自治体の児童家庭センター等の職員数を増やしていくこと等があります。

これは、児童虐待の予防と対応のイメージ図です。

上流でなるべく課題解決を行い、下流に流れ落ちる親子を一人でも少なくさせます。

しかし一旦児相案件になった場合は、一時保護所や里親等、各プレイヤーが連携しながら子どもの命を救い、彼らにとって最も良い選択肢が準備されるよう努力します。

足りないのは、こども版地域包括ケアと予算

高齢者の領域では、地域包括ケアシステムという、地域で医療・介護・住宅・生活支援が相互に連携しながら高齢者を支えていこう、という発想と仕組みが存在します。

子どもの領域にも、こども版地域包括ケアシステムが必要で、それは保育・教育・医療・福祉・社会的養護が手を繋ぎ、情報を共有し、支援を繋げていく形を創らなければいけません。

しかし、子どもの領域では、一部の構想(地域子育て支援拠点事業等)はあれど、現実には十分落とし込まれてはいません。

その最大の要因は、制度の縦割りと予算です。

各機関がそれぞれ最善を尽くしていますが、子どもの情報を共有したり、定期的に会ってケースを共有する場はないか、あっても機能していない場合が多いです。

そうした業務に専門の職員を置く発想と予算がないためです。

こども版地域包括ケアの中で「こどもソーシャルワーカー」的な役割を担う人材が、地域の関係諸機関をコーディネートし、ケースを共有し、実際の支援メニューを個別にカスタマイズして提案していく。そうした世界になっていくと、地域の連携スキームは動き出していくでしょう。

現在、政府内では「こども保険」等の構想があり、それを主に児童手当に使おうと考えているようですが、現金を配ってもこうした問題は解決しません。

そうではなく、こうした「子どもと親子を守り、支える地域の体制構築」にこそ、こども保険で集められた税金を投下すべきです。

未来のイメージ

最後に、予算がしっかりと投下され、こども版地域包括ケアがしっかり機能している架空の世界を描いてみましょう。

涼子さんは5歳の男の子と2歳の女の子を育てていますが、夫のDVによって離婚。1年前にシングルマザーになりました。それまで専業主婦をしていましたが、今は昼間クリーニング屋さんでパートタイムで働きながら、夕方から居酒屋でダブルワークをしています。

近頃、お兄ちゃんが活発になってきたこと、仕事の疲れが慢性的に溜まってきたことから、大声をあげて怒鳴ることが増え、いけないと思いつつも手も出るようになってきました。

保育園の迎えの際に、いつまでも靴を履かないお兄ちゃんに大声をあげて叱ってしまったところを主任保育士さんが発見。立ち話で最近の辛い状況を聞き取りしました。

主任保育士さんは園長に相談し、児童家庭センターのこどもソーシャルワーカーに相談。こどもソーシャルワーカーさんは翌週すぐに保育園まで来てくれて、帰りがけに涼子さんから状況のヒアリングを行いました。

こどもソーシャルワーカーと涼子さんはLINEを交換し、ちょっとしたやりとりを重ねるようになりました。こどもソーシャルワーカーは、土日は子どもと少し離れてゆっくり休めるよう、地域のNPOの休日保育を紹介し、涼子さんはそれを利用することで、少し落ち着いて将来のことを考えられるようになりました。

こどもソーシャルワーカーは、区の住宅課が行なっている、空き家を活用したひとり親向け住宅について、涼子さんに情報提供。家賃がほぼ無料なので、入居することでダブルワークを解消できました。

来年はお兄ちゃんの進学なので、今のうちに区の教育課が行なっている就学援助制度について涼子さんに情報提供し、学用品等は買い揃えることができそうです。

こどもソーシャルワーカーさんは上記の経緯を「こどもデータベース」に入れ込み、小学校の校長先生とスクールソーシャルワーカー等と共有しました。以前は旧個人情報保護法によって、各支援機関がぶつ切りに情報を持っている状況でしたが、現在はそのケースに関わる全ての医療機関・福祉機関・学校・保育園等はデータベースにアクセスすることができます。

こうした施策が功を奏し、児童虐待の通告は一定数あるものの、重篤化するケースは年々減り続け、虐待死は本当に稀になっています。

これも、2010年代後半に、政府が本腰を入れて児童虐待問題に取り組もうと、しっかりと予算をつけ、地域のこども版地域包括ケアの構築に心血を注ぎ始めたからです。でなければ、今でも児童虐待は増え続け、児相はパンクしながら、児相は何をしてるんだ!とマスコミや地域住民から叩かれ続け、そして子どもたちが犠牲になり続けていたでしょう。

そうならなくて、本当に良かったです。

参考文献:
子ども虐待へのアウトリーチ: 多機関連携による困難事例の対応 高岡昴太


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のヤフー個人ブログ 2017年8月18日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。