自由な朝日 VS 規制の読売:記者のSNS使用どっちがいい?

2017年08月25日 06:00

Esther Vargas / flickr

都民ファーストの会の所属議員を巡るネット発信が制限を受けていることについて、私もアゴラで以前、代表の野田数氏を手厳しくこき下ろした。あれから1か月以上が経ち、読売新聞が取り上げたことで問題が再燃しているようだが、その余波というか、読売社会部時代の先輩で、現在はバズフィードでご活躍の岩永直子記者がこんなツイートをしていたのが面白かった。

これに対し、アンチ小池のネット民から「会社に食べさせてもらっている職業記者と都民の税金で食べている議員と立場が違う」などの突っ込みが一部入った。

しかし記者のツイッター利用を制限している読売新聞もまたSNS発信制限を加えていることは事実で、たしかに「ブーメラン」報道と言われても仕方ない面もある。何年も前からツイッター利用について推奨している朝日新聞とは実に対照的な方針だが、ちょうど新刊『朝日新聞がなくなる日 – “反権力ごっこ”とフェイクニュース』(8月28日発売、ワニブックス)でも朝日記者のツイッターについて取り上げたこともあるので、「禁止派」の読売と「自由派」の朝日の妥当性について、少し考えてみよう。

読売はミクシィ時代から“禁止”

読売のSNS「禁止」の歴史はもう10年以上前のことだ。当時、ミクシィの流行り始めで、ミクシィ内の日記に、ある支局の若手記者が取材の裏話らしきものを投稿しているのを本社の幹部が発見。それを機に、「取材相手は読売新聞に話が出る前提で取材に応じているのだから個人的な発信は慎むように」という趣旨の通達が出回ったのが最初の規制だったと記憶している。一方、朝日新聞は、ツイッターが存在感を発揮した東日本大震災の翌年、2012年から記者個人のツイッター使用を推奨し、現在は、約150ものアカウントを公認するなど積極的だ。

読売が制限をかけているのは、業務で知り得た情報を私的に発信するのは不適切だというロジック。これはこれで頷けるものがあり、SNSによる箝口令を敷くことで余計な炎上もなくなるメリットがある反面、デメリットとしては、記者が没個性的になり、元中国総局長の加藤隆則さんがしばしば批判するように組織の硬直化が目立つ側面はある。

「ナチ支援者は安倍支持者」など過激な炎上の朝日

一方、朝日は、紙面ではできない発信や情報収集、そして読者(ネット民)との対話というネット時代の趨勢にチャレンジすることを重視している。それが健全な会社批判につながって、2014年に池上コラム不掲載問題が起きた時には、30人超の記者たちが一斉に自社批判や異議をツイッターで唱えたことがその後の謝罪会見につながる流れをつくったこともあった。一方で、過激な安倍政権批判などで炎上することもしばしばあり、会社のイメージを損なうリスクが常に弾けている。

「禁止派」の読売と「自由派」の朝日、どちらがいいのか?私自身は、かつて読売を辞めたばかりのひと昔前は、禁止派の読売に違和感を持っていたほうで、しばしばそのことをツイートして元読売記者の「証言」として注目されたこともあったが、その後、朝日の記者、それも編集委員クラスが「ナチ支援者は安倍支持者」的な扇動ツイートをして愚劣な炎上(当該ツイートは削除・訂正)。ガイドラインを設けて「記事では書かないような、常識や品位のない内容や口調は避ける」と、たしなめているにも関わらず、炎上する人が散発しているのをみると、一概にメリット、デメリットを断じることはできないという考えに変わってもきた。

“先進的だがセコイ”朝日 VS “殻に閉じこもる守旧派”読売

朝日記者のツイッターアカウントで私が違和感があるのは、先進的な姿勢を見せる一方で「ツイッターでの投稿内容は私個人の意見」「RTやリンクは賛意とは限らない」などというエクスキュースを、さりげなく入れていることだ。批判的に取り上げるべき対象のツイートをRTで拾う場合ももちろんあるだろうが、サラリーマン記者として会社の看板を背負っていることとの整合性がつかない面もあるし、フリーでやっている人間からみれば「セコイ」逃げ口上にもみえる。まあ、得意のダブスタというところか。

逆に読売に対しては昭和的なアナログ志向を引きずってしまっていないか危惧する面もある。禁止している思惑として純粋に内部統制・リスク管理であればいいが、禁止した決定権者が「ネットの情報はくだらなくて参考にならない」「すべての情報はリアルの世界で入手され、発信は紙の新聞で完結する」などといった価値観を、万が一にも持っているとしたら深刻だ。

すでにNHKも朝日もソーシャルリスニングを展開してネットの情報も一つの世論として存在していることを前提にしているが、蓮舫氏の二重国籍問題の時のように、ネット民の公開情報の調査能力は驚嘆すべきものがある。メディアのゲームのあり方が変わりつつある中、いつまでも殻に閉じこもっていいのか、若手記者たちの不安や不満が漏れ聞こえてくるのも事実だ。

記者スキルとツイッターの相性はいいが…

現状は「デジタル志向で攻めすぎてたまに炎上する」朝日と「アナログ志向で守りに入りすぎ記者の顔が見えない」読売というのが、現状の両社の記者SNS利用の実態といえるが、そもそものところで新聞記者は短文を的確にスピーディーに作る能力は非常に高く、ツイッターには向いているとは思う。特に記者会見などの速報ツイートをやらせてみたら、抜群のパフォーマンスを発揮するだろう。

だからこそ「デジタルVSアナログ」「攻め or 守り」のバランスをうまく保てれば、紙の新聞記事だけではできないこともできるようになり、面白くなるはずだが、しかし、朝日の場合、ツイッターを使いこなすようなデジタル志向の記者たちの何人かが、バズフィードなどに脱藩しているのをみると、SNS利用を公認するだけでは、若い記者の旧態化する業界構造への不満のガス抜きにはならないことを示唆しているように思える。

なお新刊『朝日新聞がなくなる日 – “反権力ごっこ”とフェイクニュース』では、朝日と読売のネットへの向き合い方についても、宇佐美典也さんと論じたのでご注目いただければ幸いだ。9月から始めるオンラインサロン「ニュース裏読みラボ」でも、各新聞社などのネット対応は重大なトピックの一つとして議論していく予定だ。

いよいよ見本も届きました。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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