日本政府は「トランプの東アジア政策」を買いたたけ!(特別寄稿)

渡瀬 裕哉

迷走するトランプ政権の東アジア政策

シャーロッツビルを巡る一連のドタバタの中で、従来から燻っていたホワイトハウス内の軋轢が再表面化し、スティーブ・バノン首席戦略官が更迭されることになりました。

筆者は「トランプの黒幕?スティーブ・バノンの微妙な立ち位置」(2017年3月21日)でも指摘した通り、バノン氏を「トランプ政権の黒幕」とするトンデモ評論には与してきませんでしたので、この事態は然もありなんという感想でしかありません。

しかし、バノン氏更迭を伴う一連の人事変動は、トランプ政権の東アジア政策の不透明性を高めていることは確かです。元々共和党自体の東アジア政策に対する意識は必ずしも高くなく、対中国強硬派であったバノン氏更迭によって、トランプ政権内での対中国脅威認識が更に低下することは必然だと言えます。(バノンなきピーター・ナヴァロ氏の影響力は極めて限定的なものに留まるでしょう。)

一方、ホワイトハウス関係者内の親中派の代表格であるスティーブ・シュワルツマン氏が議長を務めた大統領戦略・政策フォーラムも解散し、中国の財界と深い関係を有するとされるクシュナー上級顧問もロシアゲート問題でいまだグラついた状況のままです。

このような状況下では、トランプ政権は、東アジア、特に対中国政策については統一的な政策を打ち出すことができず、北朝鮮問題についても既存の米軍の制服組による準備万端アピール程度のものが続くと思われます。(石油禁輸や海上封鎖などの可能性もありますが、後述の理由で現状のトランプ政権の状況では対応困難だと思われます。)

未だ決まらない東アジア政策に関する外交・安全保障の政治任用職

トランプ政権の政府内の政治任用職の上院承認ペースが遅いことは周知の事実であり、8月30日現在で承認数は124名、ブッシュ・オバマ両政権の半分以下のスピード感です。

したがって、国務省及び国防総省の東アジア関連部署の政治任用職も入れ替えが済んでいない状況です。国務省であれば駐韓大使、アジア太平洋担当、軍備管理及び国際安全保障、などの次官級職員が決まっていないどこか上院へのノミネートも終わっていない。(他の主要地域担当の次官級もほぼ同様)最近ではティラーソン国務長官ですら辞任説が噂されるなど、外交に関する司令塔が揺らいでいる状況です。

また、NSC及び国防総省のメンバーを見ても、東アジア政策に明るい人物は少数であり、基本的には米国・共和党の関心が高いロシア・中東方面の専門家が並んでおり、対東アジア政策が相対的に重視されている状況ではないことは明らかです。

つまり、トランプ政権の対東アジア政策は、他地域の外交・安全保障上の変数として扱われている可能性が高く、貿易・通商問題なども含めて来年に予定されている中間選挙などの内政上の対応とリンクして行われる程度のものだということです。

首相官邸サイトより(編集部)

日本政府にとっては「今が買い時」、トランプ政権の対東アジア政策

日本政府は自国の上をミサイルが通過しても事実上何もすることはできず、米国と電話協議を行いながら形だけの声明を出すだけで手一杯の状況です。実際、北朝鮮に対する様々な論説がメディア上でも展開されていますが、日本・米国も北朝鮮に割ける外交・安全保障上のリソースは手詰まりであり、実質的にはこれ以上のエスカレーションは難しいものと想定されます。

しかし、日本政府はミサイル防衛システム強化、敵基地攻撃能力の実質的確保、通常兵器の更なる拡充など、実際の資金と政治的リソースの双方がかかる取り組みを強化していく方向に動いていくことになるでしょう。

この際、日本政府はトランプ政権に対して各種兵器購入・負担引き受けの代わりとして、国務省・国防総省を含めた希望人事をトランプ政権に提示して飲ませるべきです。東アジア政策の責任者に日本側に都合が良い人物を配置することで、今後の対中国を含めた東アジア戦略全体の青写真を有利に設計していく環境づくりを行うべきでしょう。

上述の通り、トランプ政権の対東アジア政策は方向性を欠く状態となっており、なおかつ実務レベルの戦略担当者も決まっていません。そして、他地域と比べて東アジア地域は重視されているとも言えません。日本側からのバーター内容が相応のものを提示した場合、国務省・国防総省・商務省・USTRなどの東アジア向けの担当者らに日本側の意向に近い人々を推薦してはめ込む好機が訪れたと捉えるべきです。

大義名分としてはあくまで日米同盟の深化を掲げつつ、トランプ政権の東アジア政策を「実質的に買う」最大のチャンスであり、トランプ政権への人脈を誇示する日本政府が米国に対して周到な対応を行うことを期待しています。

トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体
渡瀬裕哉
祥伝社
2017-04-01

 

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などは[email protected]までお願いします。