もし女性総理大臣が妊娠結婚で辞任すると言ったら? --- 林 けんいち

仮に日本に初の女性総理大臣が誕生したとします。彼女は独身です。そんな彼女が総理就任後に妊娠をして、結婚出産のために総理の職を辞任すると言い出しました。もちろん不倫絡みの事ではありません。

さて、皆さんはそれに対してどう思いますか?そのこと自体はおめでたい事なのです。なので心から祝福できるでしょうか?

女性の結婚や妊娠を制限するような仕事は人権侵害であり、妊娠した女性に対してその後のキャリアにペナリティを課したり批判するのはマタニティハラスメントであり許されない事だと思いますか?

自分は正直、祝福する気持ちにはなれないと思います。はっきり言って無責任だと感じると思いますし、少なくとも総理在任中は避妊するなどして職を全う出来なくなる妊娠という事態を避けるべきだと考えるでしょうし、それをしなかった彼女を批難すると思います。

日本という一国のリーダーとなる総理大臣という仕事は、言うまでもなくとてつもなく重い責任を負っています。在任中の間だけでも仕事を投げ出す事となる妊娠などを避ける覚悟もないのなら最初からならないでほしいと思うのです。

そんなふうに考える自分は女性の幸福追求権を軽視する人権意識の低いひどい人間なのでしょうか?

そうなのかもしれません。しかし今回の例を想定した時に、自分と同じ感想を持つ人は少なくないのではないかと思うのです。

なぜなら総理大臣の仕事は日本国民である自分にも影響を与える仕事であり、その給料は自分も払っている税金から支払われていて、自分の有する選挙権を行使した結果の中から選ばれている訳です。例え本来祝福されるべき理由であっても、自分自身の幸せのために途中で仕事を投げ出した人を祝福しようとは思えませんし、批難の気持ちを持ってしまうのだと思います。

それではこれが総理大臣ではなく、売れっ子の芸能人であればどうでしょう?

芸能人が妊娠結婚のために仕事を投げ出しても、その影響を受ける人は限られています。全国民の中ではごくごく一部の人だけです。ショックを受けるファンの人はいるかもしれませんし、楽しみにしていた映画やTV番組が中止になったりキャストが変更になってしまう事を残念に思う人はいるでしょうが、実生活に影響を与えるものではありませんし、ほとんどの人にとって実害などは全くないと言えます。

しかし直接影響を受ける人達も、もちろん存在します。例えばCM契約をしているスポンサー企業です。

売れっ子芸能人とCM契約をするのは大企業です。株主の利益や、働く従業員の雇用、またその家族の生活。取引先にもそこで働く人々や、その人々にも家族がいます。大企業には全国民の中から見れば一部かもしれませんが、それでもとてもたくさんの人々の生活を支える大きな責任があります。CM出演するタレントとはそんな企業のイメージとなる顔であり、その責任は極めて重大です。その重大な責任を負うCM出演者には、そういった事情を十分に理解してもらえる人に務めて貰いたいでしょうし、その契約中は出演者の私生活までも制限せざるを得ないほどの重大な責任のある仕事と考えた上で契約してもらうわけですから、実際の実働たる撮影は数時間程度で終わるとしても、驚く程高額なギャラを支払うわけです。

売れっ子芸能人なら数千万、トップクラスだと1億円を越えるギャラが発生するそうです。

テレビ番組の出演なら、どれほど人気の芸能人であっても1撮影数百万が限度でしょう。スポンサー側も、イメージキャラクターとなるCMに出演するという仕事はそれほどのギャラを支払うに足る大きな責任のある仕事として契約しているわけです。

例えば俗に言う「できちゃった結婚」と言われるものに、良い印象を持たない人は一定数存在します。これは本来個人の自由であり他人がとやかく言う事ではないのですが、そう思ってしまっている人は一定数は確かに存在しているのです。自社の顧客にそんな層の人の割合が多いと思われる企業にとっては、本来他人がとやかく言う事ではないということは重々わかった上で、それでもその事情をわかってくれる人にイメージキャラクターになってほしいでしょうし、そんな一方的な事情を押し付けた契約を結んでもらうからこそ、それに足る大きな報酬を払うという事なのでしょう。

これだけの責任と報酬を得ている上で、両者が合意に至った契約内容を違えてしまった場合、スポンサー側が何らかのペナルティーを要求することが人権軽視と断じてしまっていいことなのでしょうか?

たとえそれが、一般的には誰からも責められる筋合いのない事であっても、既成事実を作ってしまう前にせめて一言相談の上でと考えてしまうのも人情ではないかとも思うのです。

とはいえ、どのような場合であっても個人の幸福追求権、女性の場合では結婚や妊娠、恋愛などは何者にも制限されるべきではないという考え方も十分に理のある事です。

ただ、世間で語られる芸能人の恋愛や結婚、妊娠を制限するルールに対する賛否が、それに関わる人達の事情などへの想像力が欠如した状態でなされているように思えてならないのです。

フリーライター 林けんいち(ブログ:非常識バイアス