1万円札が「1万円」の価値になる理由は「期待」である

尾藤 克之

写真はPhoto-ACより。

低金利になるとなぜ画一されたアート表現が登場するのか。資本主義が終焉するならば「コレクション」も終わりを迎えるのか。その先にある世界をいったい、どのように予言しているのか。本書はこのような刺激的な論調により展開されていく。今回は、『コレクションと資本主義』(角川新書)を紹介したい。

本書は、水野和夫/氏(エコノミスト、法政大学教授)、山本豊津/氏(ギャラリスト、全国美術商連合会常務理事)の対談により、マクロ経済のトレンドとアート表現のあいだにある、驚くべき関係を明らかにしている。なお、本記事用に本書一部を引用することで、なるべくわかりやすく要点を伝えたいと思う。

1万円札と美術品の共通性

「日本には現在の低金利、ゼロ金利を既存の経済学で明快に説明する経済学者はいません」と、水野氏が切り出し、山本氏が応える形式で展開されていく。テンポが小気味よい。

「経済学者である私の関心を惹くのが、アート作品の価値と価格の仕組みです。なぜゴーギャンの作品が3億ドルにも跳ね上がるのか?コンクリートと木の枝だけの小さな作品がなぜ、芸術作品として商品となるのか?『有用性のないものほど価格が上がる』という見方も、いまの経済学ではうまく説明できないように思います。」(水野氏)

「それだけの高額な絵画は商品としてどれだけの有用性をもっているのか?応接室などに飾って鑑賞することはできますが、それがなければ生活に支障をきたしたり、不自由をするという性質のものではない。しかし有用性の低さにもかかわらず、他のどのような商品よりも、ある条件では価値が膨れ上がっていく。」(山本氏)

山本氏は、この部分に資本主義の本質があると説いている。貨幣や紙幣もそれ自体に有用性があるわけではない。1万円札であれば、それは精巧に印刷された紙にすぎない。紙の有用性として考えるなら、メモ用紙にもならないし、ティッシュペーパーとしての機能も有していない。つまり「使えない紙」ということになる。

さらに、1万円札の原価が22円であることを紹介し、「それが1万円という価値になる。紙幣というのは価値の転換と飛躍がなければ成り立ちませんが、そうした意味でお金と芸術作品には共通点があるのではないか?」と問題提起をする。

絵画などのアートは有用性が低いにも関わらず、なぜ高い値段がつくのか。私たちが価値と考えるものが、有用性だけに限定されない性質をもっていることいなる。そのひとつが「投資対象になるから」という視点である。

「投資対象」と「期待」について考える

「投資対象になる」というのは、その価値が将来上がるだろうという「期待」からそれを購入するということである。「期待」とは、そのアーティストのプロフィールになる。どんな人物で、アートにおいてどういう位置にいるのか。その作品が作者にとってどのような意味があるのかという掘り下げたアートに対する志向になる。

そのうえで、これまでのアートの歴史のなかでいかなる意味をもつのか。その作品の魅力がどこにあり、その価値が今後どう評価されていくかなどが、にじみ出てくることでコンテクストが成立する。つまり、コンテクストが成立しなければ、作品としての価値も無いし「期待」をかけられることもないということになる。

これは採用実務などに当てはめればわかりやすい。採用の局面では学歴フィルターが存在することは知られている。属人的評価が高かったとしても、それは入社してからでなければわからない。よって、企業は「期待」をもとに採用をすることになる。

「東大卒」の学生をどの会社も欲しいと思うとしたら、それは、「期待」を満たしていることにほかならない。「東大卒」という時点で、コンテクストが成立しているのである。コンテクストに説得力があればあるほど、価値も高まるのである。その流れに無理が無く物語性を確立していれば、より価値は高まることになる。

ところが、現実的な有用性には常に限界がある。美術品であればその性質からして、膨れあがっていく可能性はあるが、対象を印刷用紙としたらどうだろうか。有用性に限界があることは明らかだろう。

本書は、経済についての基礎知識があるほうが理解しやすいと思うが、平易に理解できるパートも多い。専門化・細分化しすぎた経済学の陥穽や、主流派経済学の理論に疑問をもっている方などには、新たな刺激になるのではないかと思う。

参考書籍
コレクションと資本主義』(角川新書)
水野和夫(著)、 山本豊津(著)

尾藤克之
コラムニスト

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