サルが自撮りしたら、著作権は誰のものになるのか?

2017年09月16日 11:30

Wikimedia Commons

インドネシアのクロザルが自分でシャッターを押し、非常にユニークな表情を写した「サルの自撮り写真」。この写真は2011年にイギリスの写真家・デイビッド・スレーター氏が発表し、大変な話題になった。

そのサルの自撮り写真の著作権は誰のものか、実は長い間論争が続いている。普通に考えれば発表したスレーター氏のものであり、実際にスレーター氏も自分に著作権があると主張している。

そんな中、動物愛護団体「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」が著作権はサルにあると主張していた裁判が9月11日に決着した。裁判では「サルには著作権は認められない」とされ、スレーター氏の勝訴が確定した。この訴訟が終わった事で「サルの自撮りの法廷闘争がついに完全終結」という記事も出ているが、勘違いしてはいけない。

スレーター氏と動物愛護団体の訴訟で決着したのは、「サルには著作権が無い」というだけである。肝心の「著作権は誰のものか」についての争いは全然終わっていない。

そもそも意味が無かった動物愛護団体による訴訟

そもそも、サルの自撮り写真の著作権についての争いは「スレーター氏のものか、誰のものでも無いか」であった。

日本の著作権法によると、著作権は

著作物=「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」

に与えられるものとなっている。ここで重要になるのが「創作的に」である。

「創作的に」とは、要するに作成した人の個性が反映されており、唯一無二のものになっているという事だ。例えば漫画やアニメのキャラを模写しても、その人の個性じゃ無いので著作権は認められない。また、絵画を正面から撮影した写真も著作権は認められない。

そしてITニュースサイト「Techdirt.com」やWikimediaを運営する「ウィキメディア財団」は、サルの自撮り写真はサルが撮影の主体者であり、スレーター氏の創作では無い。しかし、サルは著作権を持てないので「誰のものでも無い」パブリックドメインであると主張したのだ。

そうして、各Webサイトやウィキメディア・コモンズに写真がアップロードされた。特にウィキメディア・コモンズは掲載されたコンテンツはフリーコンテンツであり、誰でも利用できるとしている。そのため、スレーター氏には全く利益が入らないようになった。

当然、これにスレーター氏は猛反発した。スレーター氏は、

私は額に汗して写真を撮ったのだ。あれはサルにカメラで遊ばせておくという技術でありアイデアだったんだ。私はそれを見ていればいい。サルにそういう習性があることは知っていたし、予測もしていた。写真を撮らせるチャンスがあると知っていたんだ。

と主張しており、自分の創作的な写真であり、著作権は自分のものである主張した。

そんなスレーター氏とウィキメディア財団の争いに、空気を読まずに「著作権はサルのものよ」とチャチャを入れて来たのが動物愛護団体「PETA」である。だがまあ普通に考えればわかる事だが、サルに著作権は無理がある。案の定、PETAの訴えはアメリカ連邦地裁で半年も経たずに却下されている。

連邦判事は「サルが偶然シャッターを押した写真の著作権をサルが所有することはできない」「訴訟を取り下げるべき」とバッサリ言い渡している。しかしPETAは諦めずに控訴して「写真の著作権収入の1/4を慈善団体に寄付する」とスレーター氏との和解に漕ぎ着け、ようやく裁判は終結した。

つまり今回の裁判は、全く関係の無い第3者の争いが終わっただけである。肝心のサルの自撮り写真の著作権は誰のものか、全く決着がついていない。

アメリカでは認めず イギリスは認めるかも では日本は?

ウィキメディア財団がサルの自撮り写真をパブリックドメインであると主張したわずか2週間後、アメリカの特許庁はこれを後押しする見解を発表している。

アメリカ特許庁が発表する著作権のガイドライン「米国特許商標庁における実務の概要」において、著作権で保護されない知的財産の例として「ゾウによって描かれた絵画」や「海流の作用によって表面が滑らかに形成された流木」に並んで、「サルによって撮影された写真」が記載されている。

この特許庁の見解が発表された事により、アメリカではサルの自撮り写真はパブリックドメインであるとの見解が一般的になっている。当のスレーター氏もウィキメディア財団を提訴する意向を表明したものの、実際の提訴までには至っていないのだ。

スレーター氏は破産して弁護士費用が払えなくなっているとも報道されており、アメリカでは当面、サルの自撮り写真はパブリックドメインであるとの見解が定着するだろう。

しかし、この解釈は本当に微妙であり、他の国では全然違う結論になりそうだ。

イギリスでは著作権法に「コンピュータにより生成される文芸、演劇、音楽又は美術の著作物の場合には、著作者は、著作物の創作に必要な手筈を引き受ける者であるとみなされる」との規定があるため、カメラを所有しセッティングしたスレーター氏に著作権が発生するという意見がある。

また日本では「最低限の作り手の個性が表れていれば認められる」と考えられており、商品の平凡な写真に著作権を認めるという判例もある(スメルゲット事件)。著作者について具体的なガイドラインはわからないが、サルの自撮り写真のような独創的な作品には認められる可能性が高いのでは。

サルの自撮り写真の著作権は、撮影を準備したスレーター氏のものなのか、サルが撮影したから誰のものでも無いのか、この結論はしばらく出ないだろう。

AI時代を見据えて、著作者の定義の議論を

しかし、サルが自撮りしたように人間が直接創作に関わっていない著作物をどう扱うか、これは重大な問題である。

今回の判決を受けて、著作権の専門家である玉井克哉先生が

この「自撮りサル」事件、判決そのものに驚きはないのだが、AI著作物について考える材料になっている。

ツイートしておられたが、全くその通りである。

もう既に実用段階に入っているが、高度なAI(またはロボット)が素晴らしい絵画や音楽を製作し、それが大ヒットした場合に著作権収入は誰のものになるのか?

AI開発者のものなのか、AIの所有者(例えば、AIソフトを購入した人)なのか、最後にAIに製作を指示した人なのか、それとも誰のものでも無いのか。

これまでの著作物では、どんなに機器が発達しても、人間の頭脳を飛ばして素晴らしい芸術作品が生まれる事は無かった。例えばどんなに液晶タブレットが進化しても、著作者はそれを利用して絵を描いた人である。これに違和感を覚える人はいないだろう。

しかし、高度に発達したAIが素晴らしい絵を描いた時、「絵を描け」と命令しただけの人に(AIの開発者を無視して)多額の著作権収入が入ると言われたら、違和感を覚える人は多いのではないか。

サルの自撮り写真の問題は、著作物とは何なのか、根本的な問題を突きつけてくれた。日本でも早晩、同じ問題が起きる可能性は高い。AIやロボットによる著作物のガイドラインを、問題になる前に議論し制定しておかなければいけない。

参照:Wikipedia サルの自撮りBBC朝日新聞Gigazine・2017/9/12Gigazine・2014/8/22文化庁Webで著作権法講義裁判所・判例DBみずほ中央法律事務所

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
宮寺 達也
パテントマスター/アゴラ出版道場一期生

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑