北朝鮮情勢をめぐる「悪魔の政治学」

中村 仁

flickr(編集部)

金正恩を殺さぬよう生かさぬよう

北朝鮮の核ミサイルをめぐる国連や日米間などのやり取りを見ていると、何か起こりそうで何も起こらない。主要国の首脳が声高に非難の応酬を繰り返していても、変化らしい変化は起きない。舞台上には、登場してこない別次元の力学が働いているに違いないと、思われてなりません。

政治のトップたちが何を考え、本当のところ何を重視しているのか。われわれとは違うようですね。安倍首相が今月中に衆院解散を決断しました。北朝鮮の核ミサイル実験が世論を刺激し、政権支持率が回復しているタイミングをすかさず狙ったのです。そのことを通じて政治家の意識を左右している力学の存在を如実に示してくれました。

名づけて「悪魔の政治学」です。北朝鮮が核兵器を放棄することはほとんどありえないし、選択肢としてありうるとしている米国の先制攻撃も、現実論として可能性は極めて低いでしょう。外交上の非難合戦はともかく、核ミサイル問題は膠着状態に入っていると考えるのが自然です。「悪魔の政治学」が重きをなしてきました。

狂犬を必要とする中露

まず、「中露は自分たちのために、北朝鮮という狂犬を飼っている」、そして「狂犬は中露の代理人であり、日米欧に向かって吠えさせている」ということです。自分で吠えなくて済むよう、見えないように裏で中露が北朝鮮を支えているのです。いくら北に圧力をかけようとしても、中露は乗ってきません。国際社会の安全保障は二の次です。

米国はどうか。トランプ大統領は「世界が見たこともないような怒りと炎に、北朝鮮は直面する」と、警告しました。字義通りに考えれば、核攻撃でしょう。米国内では、軍需産業が核兵器を使いたくてうずうずしているそうです。「怒りと炎」は彼らに対するリップサービスとして、必要なのでしょう。

次に「狂犬がいるので、国内が引き締まる」、「狂犬に吠えられ、国民は権力者のほうに群れてくる」ということです。さらに権力者の頭脳には、「政権の支持率を維持、回復するには、狂犬の存在が必要である」という判断がよぎってきます。これは日本でも同様で、安倍首相の解散戦略はその流れに乗っています。

兵器を売るチャンスが到来

さらに米国は「狂犬対策として必要だ」として、日韓に軍事兵器の購入をささやきます。米国の軍需産業は大歓迎でしょう。トランプ大統領が日韓を訪問して行う首脳会談あたりが、一つのタイミングでしょうか。日本としては狂犬対策に欠かせないとなれば、国防上、必要ではあることも事実でしょう。

リスクを冒して金正恩を排除するよりも、「正恩を殺さぬよう、生かさぬよう」というほどほどのレベルにしておくのがいい。これが関係主要国のトップの行動原理になってきたように思います。「殺してしまったら、逆に自分の政治生命にとって都合が悪いというトップもいる」ということでしょう。

北朝鮮をめぐる学者、識者、メディアの論調の多くは正義に満ち、国際情勢のち密な分析に基づき、国益を尊重した価値あるものだと思います。それに対する政治家の意識は、まるで異なる次元で構成される「悪魔の政治学」よるものだといいたいのです。

すべての政治家が「悪魔」であるといっているのではありません。政治家はそのような行動をとる人種であるということです。悪化する北朝鮮情勢が政治家にとっては、政権の維持、存続に好都合であることも多いのです。誤解のないように申し上げておきますと、北朝鮮が諸悪の根源であり、そのことを弁護するつもりは全くなく、多様な議論を期待しているのです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。