CD4細胞を利用したTCR導入T細胞療法

1ヶ月ほど前のJournal of Clinical Oncology(米国臨床腫瘍学会の雑誌)に「Treatment of Patients With Metastatic Cancer Using a Major Histocompatibility Complex Class II–Restricted T-Cell Receptor Targeting the Cancer Germline Antigen MAGE-A3」というタイトルの論文が掲載された。

一般の方には少し難しい話かもしれないが、一言で言えば、胃がん・乳がん・大腸がんなどの固形腫瘍(白血病やリンパ腫などの血液系のがんでない腫瘍)に対する新しいタイプのT細胞療法の話である。以前にも紹介したように、T細胞の表面にある受容体は、がん細胞表面に存在しているがん特異的抗原に結合することができる。そのような受容体分子を、人工的にT細胞に導入して、多くのがん攻撃T細胞を作り、それによってがんを攻撃する治療法が、T細胞導入T細胞療法である。T細胞にもいくつか種類があるが、CD8細胞は、T細胞そのものが、攻撃目標とする細胞を直接攻撃するもの(細胞免疫と呼ぶ)であり、CD4細胞は、これらのCD8細胞の働きを補助したり、抗体を作る細胞を活性化し、がん細胞を殺す働きがある。

私が、このブログで紹介してきたものは、がんを敵と認識できる受容体を作る遺伝子を人工的にCD8タイプのT細胞に導入して、膨大な数のがん細胞を攻撃できるリンパ球を生み出す方法である。この論文は、CD4細胞にがん特異的抗原を敵と判断するT細胞受容体を入れ込んで、がんを叩くことを試みたものである。また、抗原も遺伝子変異を持ったペプチド(ネオアンチゲン)ではなく、がん細胞で過剰に生産されるがん特異的抗原を利用している。論文の標題にある「Germline Antigen」というのは、遺伝子変異を含んでいないという意味だ。

われわれは、「がん細胞で過剰に生産され、また、がん遺伝子のような働きをする」タンパク(オンコアンチゲン)由来のペプチドワクチンを利用した治療法を検証してきたし、このような抗原を認識できる多くのT細胞受容体を見つけてきた。しかし、それらは、CD8細胞の受容体であり、今回の論文で利用されたCD4細胞用のものではない。最近では、細胞傷害活性のあるCD4細胞の存在する可能性も示唆されているが、CD4細胞は、一般的にはCD8細胞の働きを補助するという理解である。また、CD4細胞はHLA(白血球の型分子)クラスIを通して、CD8細胞はHALクラスII分子を通して、がん細胞に特異的な抗原を認識するという差がある。

そして、この論文の本題である、この治療法の結果だ。抗原はMAGE-3と呼ばれる分子で、注入する細胞量を増やす形で行われた。1千万細胞から1000億細胞まで増やし、9名が約1000億細胞の注射を受けた。この9名中3名で腫瘍縮小効果が認められたが、2名(食道がん・骨肉腫)は4か月後に増悪をしはじめた。1名(尿路がん、48歳)は18か月以上効果が継続していた。この他に2.7億細胞の注射を受けた27歳の子宮頸がん患者が、腫瘍が完全に消失したと報告されていた。この患者では、注射されたT細胞が血液中から速やかに消失していたので、注射されたT細胞自体がどの程度直接的に意味があったのかどうか不明な点がある。若い患者であり、放射線治療も受けていたので、ある程度抗腫瘍免疫が高まった状態に、このT細胞が作用して、一気にがんを攻撃する免疫が、がんを守る要因を超えて、攻守が逆転した可能性がある。

この論文で利用された抗原はあまりいいとは思えないし、われわれは、もっといいと考えているがん特異的抗原に対するT細胞受容体配列を見つけているので、このような治療法に挑戦したい。しかし、シカゴ大学にはこのような治療法を応用する基盤がないし、世界で初めてを、日本で実施するためのハードルは、私では届きそうにないくらい高く見える。米国の挑戦者を支え続ける仕組み(予算や制度)や、このような新たな挑戦をし続けることができるローゼンバーグ博士が、今さらながら、羨ましくもある。人生はいい時も、悪い時もあるとは理解しているが、他にもいろいろ思い通りに行かないことが多く、かなりへこんでいる。

PS:「コードブルー」の最終回を目に涙をためつつ、そして、かつての自分の姿を重ねつつ、観ていた。そこには明日が予測できない日々があり、ドラマがあった。患者さんと直接触れ合う日常が、なつかしくもあった。日本でがんクリニックを開設するのもありかなと、ふと思う。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年9月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。