【映画評】あゝ、荒野 前篇

渡 まち子
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2021年。かつて母に捨てられ、荒んだ暮らしを送っていた新次は、自分を裏切った昔の仲間でボクサーの裕二を恨み、復讐を誓っていた。一方、自分を暴力で支配しようとする父を捨てた健二は、吃音と赤面対人恐怖症に悩んでいた。新宿で偶然出会った二人は、元ボクサーの片目こと堀口から、ボクシングジムに誘われる。少年院上がりの不良の新次と床屋で働く心優しい健二。それぞれの思いを胸にボクシングを始めた二人は、奇妙な友情を育んでいく…。

生まれも育ちも違う二人の男がプロボクサーを目指す姿を2部作で描く青春ドラマの前編「あゝ、荒野 前篇」。原作は、劇作家、歌人、映画監督など、マルチな才能で時代をけん引した故・寺山修司の小説だ。寺山の聖地であった新宿を、拠り所のない荒野に見立てて、不思議な因縁で結ばれた人間たちが、もがきながら生きていく様を描いている。ボクシングが重要な要素ではあるが、無論、スポ根映画ではなく、ボクシングは、行き場のないエネルギーを肉体を痛めつけることで、昇華するための手段なのだ。この前篇では、新次と健二がボクシングを始めるいきさつや、現代を代表する事件や病巣である、東日本大震災、振り込め詐欺、自衛隊派遣、自殺願望やホームレスなどのエピソードが断片的に描かれる。それらが不思議な因縁でつながっていくのは、後篇を待たねばならない。

時代設定を近未来の2021年に変更しながらも、あまりにも昭和チックな演出は、原作者が活躍した時代へのオマージュだろう。ただ映画オリジナルの設定もいくつかあって、それらは現代を生きる登場人物の孤独をより際立たせる効果がある。群像劇なのだが、主軸となるのは新宿新次とバリカン健二。このキャラクターに、菅田将暉とヤン・イクチュンの二人をキャスティングできた時点で“勝ったも同然”という気がする。それほど二人の演技が素晴らしい。前編157分、後篇147分、合計で約5時間という大長編で、見る側にもパワーを要求する力作だが、どうかその長さだけでひるまないでほしい。後篇の怒涛の展開に備えて、リングでは血、ベッドでは汗にまみれる登場人物の心の荒野の景色を確認しておこう。
【50点】←前後編のため、暫定
(原題「あゝ、荒野 前篇」)
(日本/岸善幸監督/菅田将暉、ヤン・イクチュン、木下あかり、他)
(昭和度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年10月9日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。