「保守二党論」でなく「保守・中道二党論」を提案

2017年10月13日 11:30

偽リベラルでむしろ極左チックといってよい思想の人々が中核になっている立憲民主党がリベラルを名乗るというのは、なんとも腹立たしいし、そんな国際的な政治用語からかけ離れた言葉の使用法は恥ずかしい。

しかし、これは、保守派にも責任がある。それは、保守派が、希望の党は保守二党論の実践だとかいっているのである。それなら、中道とかリベラルはどこに言ってしまったのか、希望の党や自民党はリベラル派を異端として排除しているのかと言うことになってしまう。

そこで、本稿で私は、「保守二党論」というのはやめて、「保守・中道二党論」というべきだと提案したい。

それから、小池知事は、自民党が保守に傾き、民進党が極端な左に走る中で、センターが広く空いているのでそこを狙ったといっているが、それは不適切である。希望は自民党より左だとはいえない。

「希望はリベラルなのか?」という議論そのものが無意味なのだと思う。以下は、猪瀬直樹さんのFBへの投稿へのコメントとして書いたものだ。

政治用語としてのリベラルの本来の意味は、中道で市場経済重視、非宗教的、非身分制度などを意味し、イギリスの自由党(現自民党)やそれに似た路線を意味する。また、ブレア、ドイツのシュレーダー、フランスのマクロンらの路線は左派から市場経済重視すぎという意味でリベラル・ソーシャリズムと批判されている。

アメリカでは小さな政府やキリスト教重視を主張する保守派に対して、大きな政府、人権保護のための介入、環境保護、キリスト教優越の否定などを主張するのがリベラルだ。外交・軍事は保守とリベラルで分けられないと思う(たとえばバノンは非介入主義)。一言でいえば、ヨロッパ的な社会経済に近づけようというのがリベラル、独自路線を貫こうというのが保守ではないか。

日本では、かつては、市場経済重視・対米協調・戦後体制の容認などの傾向がある路線をリベラルといっていたのが、新自由主義の台頭や宮沢政権の崩壊後の政治変動のなかで、自民党ではあまり好まれない言い方になってアメリカの共和党にシンパシーを感じるようになってきた。

一方、左翼が冷戦終結などの環境下で、左翼を名乗ることが憚れるようになってきたことから、アメリカの民主党との部分的な主張傾向の類似性を手がかりにリベラルと偽装するようになったということではないか。

ただし、現実の自民党政治は、アメリカの民主党よりはるかにリベラル(あるいはヨーロッパ的)だから、そこにねじれが生じている。

また、維新や小池さんが自民党と対立軸にしようとしているのは、アンチ既得権益だから、そもそも左右とか保守とかリベラルといった対立軸にはなじまないのでないかと思う。既得権益と戦うからリベラルなのかといえば、アメリカでの保守・リベラルは、むしろ、既得権益擁護派をリベラルと呼んでいる。

日本でも地方公務員の既得権益を守るのが民進党で、反対してきたのが、維新であり猪瀬さんであり小池さんだ。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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