愛書家と古書店との共通価値創造としての市場原理

真の市場原理とは、情報の対称性の上に、市場参加者が適正な利益を得ることである。このことを古書の市場を例に検討する。

古書の価値と価格形成は特異なものである。膨大な数の本について、時代、分野、作家等の種別があって、それぞれに蒐書家がいるので、価値の多様を極めるのである。そこでは、専門的知見のある古書店と蒐書家だけが取引参加者で、その狭い世界のなかでは、少ないながらに一定の数の取引が継続的になされ、価値を反映した価格が安定的に形成される。

専門的知見のある古書店と蒐書家との間では、価値情報は完全に対称的である。だからこそ、価値と価格は一致し、価値の高いものは、いかに稀少なものでも、埋没せずに、常に、市場で交換され、故に、蒐書家は、欲しいものを、それなりの確実性をもって、手に入れることができるのである。まさに、需要は常に満たされるという意味で、市場が機能する。

蒐書家の欲しがる古書を専門に扱う店では、相対的に価格は高い。それは、品揃えをよくするために、在庫費用が嵩むこともあろうが、専門家ならではの商品の調達力と、強力な顧客の支持があるからこそ、価格を高くしても、売れるからでもある。要は、顧客は、高い価格に高い価値を見出すのだ。ここに、真の古書店の利益源泉があることはいうまでもない。

情報が対称的だからこそ業者に利益が出るというのは、市場原理の逆説のようでもある。情報が対称的で、競争的ならば、利益源泉はなくなる方向へ動くはずだからだ。かといって、利益を得るために情報の非対称性を利用すれば、公正な市場原理は機能しなくなる。情報が対称的だからこそ利益が出るためには、価値を創出しなければならない。これは自明のことである。

古書に価値を見出す愛書家がいて、その価値を理解する古書店があって、価値を共有する文化的社会があってこそ、愛書家の満足があり、愛書家の満足があるからこそ、そこに価値創造があり、古書店にも利益が生まれるのである。

情報の対称性のもとで、愛書家の利益があるからこそ、古書店の利益もある、この共通価値創造の仕組みこそ、真の市場原理である。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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