基礎も臨床も「木を見て森を見ずに」ならないように

今、羽田空港にいる。高松宮妃がんシンポジウムに3日間参加したが、3日間座り続けるのは結構きつかった。しかし、腫瘍微細環境について、かなり色々なことを勉強できた。私は腫瘍環境の中におけるT細胞やB細胞の話に絞って話題を提供したので、他人のことは言えないが、どうも木を見て森を見ずだ。好中球と言う種類の白血球に焦点を置いた話、線維芽球に焦点を置いた話、血管系に焦点を置いた話、腸内細菌を中心に病気を説明する人、色々な経口色素を利用して2D・3Dの像を示す研究者など、角度を変えるとがんが異なった姿に見えてくるのは面白かったが、何だか、箱に空けた小さな穴から、中を覗き込んで、想像を膨らましているように感じてならない。もちろん、自分に対する反省も含めてだが。

私は、ゲノムという技術を利用して、がんを理解しようとしてきたが、がん組織にはがん細胞だけでなく、多種類の免疫細胞、線維芽細胞、血管細胞など、多種類の細胞から構成されており、それぞれが相互作用しているので、がんを完全に理解することは容易ではない。がん組織内のがん細胞も、大きくなるにしたがって、がん細胞ごとの遺伝子異常は変化して多様性が高まるので、大きな腫瘍では、どの部位を調べるかによって微小環境も大きく異なってくることがあり、一筋縄ではいかない。そして、マウスで腸内細菌を変えると、免疫療法が効きやすくなるという話を聞くたびに、人とマウスの免疫系の複雑さを考慮しない研究にため息が出てくる。

私の反省も含めて、今回のシンポジウムで感じたことは、技術が進んでいろいろなことの理解が進んできたが、冒頭にも述べたように「木を見て森を見ず」の傾向が進んできたのではないかということだ。がんの置かれている環境は、さまざまな要因の総和で成り立っている。したがって、Aがおかしければ、必ずBが起こるというような、1:1の関係になることは絶対にないと言っていい。ある遺伝子異常が存在すれば、それを標的にする薬剤が100%の患者に効果があることはないのだ。

研究が細く深く進んでいくことは重要だが、私のように好奇心の塊には、一つのことに何十年もこだわることはできない。研究の進化に伴って、いろいろなことを学びたいと思うし、新しい技術を利用して、これまでは調べることができなかった世界を覗いてみることが、治療法の進歩に不可欠だと信じている。がんの全貌をつかんだわけではないが、新しい知見が新しい治療法を生み出し、治らなかった病気が治るようになった例も増えている。 

基礎研究の成果、動物でのデータは立派なエビデンスなのだが、それを考えない臨床腫瘍医が日本での薬剤開発の進歩を妨げている。日本にも臨床につながりそうな立派な芽はたくさんあるのだ。しかし、それを育て実ができるまで支え続ける体制がない。海外から導入して、日本で一番になればいいと考えているような考えが払しょくできていないためだ。世界で一番を目指すような研究をもっと支援できないものかと思う。 

シカゴの今朝の気温はマイナス6度だ。極寒の冬を迎える。私にとって、これが最後のシカゴの冬になるのか、神のみぞ知る。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年11月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。