サウジ・イランの直接戦争は油価急上昇を招く

岩瀬 昇

これはニック・バトラーによるFT最新ブログ(”Does the oil market expect a new Mideast war?” around 14:00 on 13 Nov. 2017 Tokyo time)の結論である。

ご存知のように、11月4日前後、サウジで次のような大事件が起こっている。

・反腐敗闘争の名目で、11人の王子を含むサウジ政財界の大物が200人以上拘束された。
つい数週間前、新技術都市「Neom」プロジェクト発表を含む、「砂漠のダボス会議」と称された投資コンフェランスを行ったリッツ・カールトンホテルが仮の「留置所」になっている。

・拘束された王子の中には、ムハンマド皇太子(MBS)の最後に残ったライバルと目されていたアブドラ前国王の息子であるミトイブ国家警備隊長官や、ビジネスで大成功しているタラール王子が含まれている。

・MBSは、サルマン国王就任時、国王から国防大臣を継承しており、今年6月には「宮廷クーデーター」によりムハンマド・ビン・ナイーフ(MBN)皇太子を更迭し、ナイーフ父子で数十年間支配していた内務省(国内治安担当)も掌握しており、ミトイブ王子を拘束したことにより国内の全ての戦闘部隊を傘下に収めたことになる。これにより「力」を行使する「クーデーター」の可能性はほぼ無くなった。

・2015年1月、サルマン国王就任直後に皇太子を解任されたムクリン王子の息子であるマンスール王子が、前述した拘束劇が起こっているころ、イエメン国境に近いサウジ南部を「視察中」にヘリコプター墜落事故で死亡した。暗殺説もある。

・イエメンから弾道ミサイルがリヤドに向け発射され、迎撃されたので被害はなかったが、サウジは「イランによる戦争行為」と激しく非難した。

・一説によるとサルマン国王に呼び出されたためサウジを緊急訪問していた、とされるレバノンのハリリ首相が、リヤドで記者会見し、首相辞任を発表、イランが支援しているヒズボラ勢力による暗殺のリスクがあるため、と説明した。サウジの「指示」に基づく行動との観測が根強く存在している。

これらの情勢から、サウジとイランの直接衝突(conflict)の可能性を高まっているとのスペキュレーションが今回の価格上昇の唯一の理由だ、というのがニックの結論なのだ。
記事の要点を次のとおり紹介しておこう。

・需給バランス、在庫水準等のファンダメンタルズ(基礎的要因)からは過去4週間の20%価格上昇は正当化されない。

・需要は緩やかに増加しているだけ。たとえば10月、米国のガソリン需要は予測を上回ったが、中国の石油輸入は730万BDに落ち込んだ(BP統計集によれば、2016年の純輸入量=消費量マイナス国産量=は約840万BD)。

・供給面では、OPEC減産は概ね守られているが、減産義務のないリビアの生産量は15か月前と比べると50万BD増加しており85万BDとなっている。米国は2016年半ばより13%の増産となっており、今では200万BD以上輸出している(輸入ポジションであることは不変。2016年の純輸入量は約730万BD)

・IEAの最新データでも在庫に劇的な変化は見られていない(10月月報では、過去5年平均対比1億7,000万バレル多い水準。かつては3億バレル多かった)。

・2週間前の弊ブログでイラク北部の状況を報じたが、その後キルクーク油田地帯はバクダッド中央政府のコントロール下に入った、だが、輸出量はまだ戻っていない。一方、ペルシャ湾に面した港からの輸出量は20万BD増えており、全体として大きな影響はない。

・イラク北部のクルドとの紛争は若干の油価上昇の要因だが、20%以上の値上がりを正当化するほどのものではない。

・このように現物需給からは説明できず、スペキュレーションしか理由は見当たらない。トレーダーたちは、将来起こるかも知れないことへの恐れに賭けて買い上がっている。

・リヤドとテヘランのライバル関係は歴史的なものだが、サウジの新支配者の下、よりopenに、よりaggressiveになっている。

・イランに支援されているイエメン部族により弾道ミサイルがリヤドに向けて発射されたことは、両国が直接衝突する可能性を高めている。

・ハリリ・レバノン首相の辞任は、過去10年の間にレバノンの政治勢力として力をつけている、イランが支持するヒズボラとの代理戦争の可能性を高めている。

・冷静に考えれば、イランと衝突することはサウジの支配層にとって自らをより困難な立場に追い込むリスクがある。だが、もしサウジが、アメリカの支持を得ており、行動することをencourageされている、と感じていたら、すべての可能性は無視できない。

・サウジとイランが直接衝突すると、Gulf(ペルシャ湾orアラビア湾)を挟む両国の数多くの油田や生産施設が攻撃の対象となりうる。ホルムズ海峡は石油流通のチョークポイントで、世界全体の石油取引の4分の1に相当する1,700万BDが通過するところだ。

・戦争は非論理的だが、中東においていつから論理が支配的な力となったのだろうか? もし衝突のリスクが収まるなら、石油価格も収まるだろう。ファンダメンタルズは50~55ドル以上の価格を正当化しない。

・だが、もし両大国の間で戦争が勃発したら、現在起こっている価格上昇はささいな出来事と見られるようになるだろう。

筆者は、MBSのメンターとされるムハンマド・ビン・ザイード(MBZ)アブダビ皇太子の動静に強い関心がある。

中東の専門家の先生方は、両者の関係をどう見られているのだろうか? 誰か、教えてくれないかな?


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年11月14日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。