北の亡命兵士事件で思い出すこと

2017年11月15日 11:30

北朝鮮人民軍兵士が13日午後3時過ぎ(現地時間)、南北軍事境界線を越えて韓国側に亡命するという事件が発生した。朝鮮半島が北の核実験・ミサイル発射問題で緊迫しているだけに、韓国側は兵士の亡命に対する北側の報復行動を警戒、監視を強めている。

▲インタビューの応じる脱北者、元北朝鮮人民軍第5部隊の小隊指揮官の金主日氏(2016年6月5日、ウィ―ン市内で撮影)

▲インタビューの応じる脱北者、元北朝鮮人民軍第5部隊の小隊指揮官の金主日氏(2016年6月5日、ウィ―ン市内で撮影)

韓国からの情報によれば、亡命兵士は車で境界線に向かったが車は溝に落ちたため、走って韓国側に行き、北軍から発砲を受け、負傷した。亡命兵士は現在、緊急手術を受けているという。

このニュースを読んで、冷戦時代の1980年代、チェコスロバキアの2人の国境兵士のオーストリア亡命事件を思い出した。オーストリア通信社の速報でチェコ国境兵士の亡命事件を知った当方は当時、予定を変更し、車でチェコ・オーストリア国境線に向かった。亡命兵士は既にオーストリア側の保護下にあり、兵士の姿はなかったが、周辺の住民に亡命時の状況を聞いたりしたことを思いだす。
国境兵士がオーストリ側に亡命する事件はめったにないだけに、国民の亡命とは違い、兵士の亡命事件は当時旧ソ連・東欧共産政権の威信をつぶし、大きなダメージを与えた。同じことが、今回の北軍兵士の亡命事件でもいえるだろう。

冷戦時代、ソ連・東欧共産政権からオーストリアに200万人以上の亡命者が逃げてきて、収容された。だから、ウィ―ンにはオーストリアで国籍を取り、定着した元亡命者やその家族が多く住んでいる。名前を聞けば、ドイツ名ではないので直ぐに分かる。

冷戦時代、当方は旧ソ連・東欧から逃げてきた多数の亡命者にインタビューした。その後は脱北者との会見の機会も得たし、中国の反体制派活動家たちとも会って話した。国は違うが、彼らはいずれも共産主義政権下で生きてきた人々だ。

ロシア革命から今年11月で100年目を迎えた。共産主義世界の回顧記事がメディアを賑わせているが、共産主義は非人間的思想であり、その政権下で多くの人々が犠牲となり、粛清されていった。亡命者の存在がその実態を端的に物語ってきた。
当方はこのコラム欄で「『共産党』を“誤解”している友へ」(2015年11月8日参考)と書いて、共産主義思想に今なお淡い希望を抱く日本の知識人に警告を発したことがある。

「労働者の天国」、「階級の格差のない社会」、「平等で公平な社会」の建設を叫びながら、なぜ共産主義政権が人権弾圧、圧政で一党独裁政権となり下がったかを考える機会とすべきだろう。

共産主義思想は神を否定し、「宗教はアヘン」として無神論唯物史観を構築し、労働者の天国を標榜したが、その思想構造はキリスト教の救済論に酷似している。「共産党」の独裁者を“救世主”と仰ぎ、「労働者」を“選民”とし、革命を主導し、最終的に“神の国”の「共産主義唯物世界」を築いていくというわけだ。共産主義思想があれほど宗教を敵視したのは、その思想自身が宗教イデオロギーだったからだ。故金日成主席が提唱した主体思想は似非宗教イデオロギーだ。

ちなみに、旧ソ連・東欧共産圏が崩壊して既に27年余りが経過するが、共産主義の世界観は以前、その残滓を残し、一部では復興の兆しすら見せてきている。なぜか。共産主義思想が正しいからではなく、神を信じる民主主義世界が神を失い、席巻する物質主義の前にその価値観を失ってきたからだ。

いずれにしても、北軍兵士の亡命事件は金正恩政権の崩壊がもはや遠い先のことではないことを示している。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年11月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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