がん細胞はHLA遺伝子を欠落させて免疫系から逃げる!

2017年11月15日 14:02

1130日号の「Cell」誌に「Allele-Specific HLA Loss and Immune Escape in Lung Cancer Evolution」という論文が掲載されていた。非小細胞肺がんを詳細に調べた結果、早期のがんの40%HLA遺伝子の存在する部位が、細胞から欠け落ちていたそうだ。遺伝子がなくなると、もちろん、HLAを作ることができなくなる。免疫チェックポイント抗体の効果が限定的である理由の一端にもなっている。われわれは、メラノーマの組織を調べて、HLAの発現がない腫瘍ではPD-1抗体が効かないというデータを報告しているが、HLAの発現を落とすことは、がん細胞が免疫系の攻撃から逃れる重要な仕組みの一つだ。

がん抗原(がん細胞の目印となる)はHLAに結合することによって、リンパ球から抗原として認識される。したがって、がん細胞が免疫系の攻撃を回避する仕組みとしてHLAを作らなくすることは、当然と言えば当然のことなのだが、HLAの重要性が通用しないことが多い。特に、マウスでがん免疫研究をしている人たちには、がん細胞が免疫という攻撃から逃れるためにHLAを作らなくしているという考えがあまり通用しない。

マウスでは、多くの場合、100-200立方ミリメートルの大きさの腫瘍を対象に研究がなされる。人で直径2センチのがん(早期がん)が見つかると、球体の体積は4立方センチメートル超であるので、細胞数は数十倍である。直径が5センチになると約65立方センチメートル(約60億個の細胞)となり、マウスの研究で対象となるがん細胞数の数百倍となっている。細胞数が多い分だけ、人ではがん細胞の多様性が桁違いに大きい。進行した乳がんや前立腺がんではHLAを作らないものが多いことはよく知られている。そして、免疫細胞の多様性は、マウスと人の体重差である数千倍よりも、数桁以上大きい。

がん細胞は、分裂する過程で、DNA(遺伝子)の変異を蓄積する。われわれの体は、がん細胞がのさばってくるのを黙って見過ごしている訳ではなく、免疫細胞などを利用して排除しようとしている(排除は政治の世界では禁句のようだが)。しかし、がん細胞がHLAを作らなくする変異を起こすと、がんはがん細胞である目印(抗原)を提示しなくなる。個体(がん患者)から見れば、がん細胞が免疫細胞(がん傷害性リンパ球)に対してステルス化することを意味する。一部の研究者は、「がん細胞が免疫系の攻撃から逃れるために変異を起こす」と説明するが、がん細胞が都合よく、特定の部位に変異を起こすことができるはずもない。分裂を繰り返す過程で、偶然、HLAを作らなくなった細胞が、免疫系の攻撃を回避して生き延びるのである。もちろん、これ以外にも、がん細胞は免疫攻撃から逃れる仕組みをたくさん持っている。

と、かなり横道に逸れたが、大事なことは、がんが進行してから免疫療法を試みても、この論文からわかるように、効果を発揮する可能性が低くなることだ。がんの領域では、薬剤が尽き果てた患者さんを新薬の臨床試験の対象とするのが通例のようになっている。この段階では、がん細胞の数は数百億個から1000億個超となっている。感染症を発症してから、ワクチンを投与しても遅すぎるのと同じように、がんが大きくなって多様性を増し、がん細胞の集団が免疫細胞の攻撃から逃れる準備を整えてから、免疫療法を試みても遅いのである。リンパ球対がん細胞の数で考えても、がん細胞の強さを考えても、勝てる確率は格段に下がってくる。

科学的に考えれば、免疫療法の効果を検証するには、もっと早い段階のがん患者さんで検証するのが理にかなっていると思うのだが、頑固な頭を切り替えるのは大変だ。ビール瓶で頭を殴りたいところだが、大騒動になり、警察に逮捕されるだろう。海外のものを日本で一番先に取り上げて、それで満足するような文化を変えることが不可欠だ。

メディアで5000万円のがん治療薬が取り上げられているが、いい加減に、国家戦略として、海外依存体質から脱却するための具体的な方策など打ち出せないものか?がん患者団体にも、是非、もっと積極的なロビー活動をして欲しいと願っている。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年11月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
シカゴ大学医学部 内科教授、外科教授

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