アルゼンチン軍潜水艦の消息不明で囁かれる老朽化と腐敗の実態

白石 和幸

サン・フアンのフェルナンデス艦長(LA NACIONより引用)

11月15日に消息を絶ったアルゼンチン海軍の44人が乗務している潜水艦サンフアンの捜査が続いている。

最後にコンタクトがあったのは15日午前7時30分でバッテリーに問題があったと伝えて来た。その数分後に問題は解決したという連絡があった。この連絡を最後に同艦との交信が途絶えたという。

22日午後に、海軍はウイーンにある包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)から15日にサンフアンから連絡があった後、3時間後に何かが爆発したと思える音を傍受していたことが知らされた。この調査をCTBTOに要請したのは在オーストリア・アルゼンチン大使ラフェル・グロシであった。彼は国際原子力機関(IAEA)のジェネラル・マネジャーを歴任したことからこの調査に協力を要請していたのである。これがサンフアンが爆発したことによる爆発音であるとすれば、乗組員の生存は絶望的ということになる。しかも、その区域の海底は3000メートルもあるという。

この情報を海軍が入手したのは事件の発生日から1週間が経過してからであった。だから、家族の中には海軍がそれを隠していたという憶測も飛び交っているが、グロシ大使によると、その調査は非常に複雑で直ぐに判明するものではないと言明している。

一方、オスカル・アグア国防相は今回の事件での海軍の初期段階からの対応に強い不信の念を抱いており、事件の解明するために40項目に亘る質問状を海軍に提出したという。

マクリ大統領になってから、軍部組織の再編を丁度検討していた段階であった。今回の事件を切っ掛けに、まず海軍組織からそれに取り掛かるようになるであろう。

アルゼンチンは1976-1983年の軍事独裁政権そして1982年にはフォークランド戦争を展開したということで、その後の政府は軍部の台頭を警戒して軍隊の強化を控えて来たという経緯がある。その影響からアルゼンチンのGDPに占める軍事費は0.87%、ラテンアメリカの中でも最も低い国の一つになっている。因みに、ラテンアメリカの軍事費の平均はGDP比3.38% である。これが影響して、軍部の内部組織においても硬直性が観察されているのである。マクリは2015年12月に大統領に就任してからそれにメスを入れることを計画していたのである。

サンフアンが爆破したという可能性が濃厚になっているとはいっても、まだそれが絶対的な結論とはなっていない。しかし、家族の数人が指摘しているように「ポンコツの潜水艦」に乗艦させて勤務に就かせたことに不満が募っている。家族がなぜそのように指摘したのかというと、サンフアンは1985年にドイツのティッセン・クルップ社が建造したディーゼル型の潜水艦で、既に32年が経過しているのである。

しかも、2008年12月から2014年6月まで性能改善の為、アルゼンチンの造船所で修理されたというのである。生産したティッセン・クルップ社で修理を行うのではなく、アルゼンチンの造船所で修理されたのである。新しく同種の潜水艦を購入すれば5億ペソ(32億円)になることから、修理すれば7000万ペソ(4億4800万円)で収まるというのが理由だった。

この決定をしたのは当時のアルゼンチン政府だ。クリスチーナ・フェルナンデス・キルチネル(2007-2015)の政権下だった。彼女の政権下でアルゼンチンは多額の負債を抱え、経済成長は低迷し、高いインフレ率と外貨不足が生じていた時であった。しかも、汚職が最も蔓延っていた政権である。この潜水艦の補修作業にも汚職が絡んでいたと推察されている。

それはサンフアンの修理費用を見れば判明する。当初の見積もりは7000万ペソ。それが実際には1億ペソ(6億4000万円)の費用が掛かっていたことになるのである。即ち、当初の見積もり額から3000万ペソ(1億9200万円)の増加である。その一つの例として、バッテリーを清掃して再設置する費用として118,000ペソ(75万5000円)の見積を出した業者が取材記者に語ったのは、同じ作業を400,000-450,000ペソ(256-288万円)で見積もりした知らない業者に仕事を取られたそうだ。このように、修理費の値上げ分は材料コストの値上げと同様に誰かが受け取る手数料なのである。

ジャーナリストのルベン・サガーニョは、汚職が横行したキルチネル政権下で、この潜水艦の修理作業を値上げしてビジネス(汚職)が行われていたはずだと指摘している。

2011年にフェルナンデス大統領は「サンフアンは30年以上持つようになる」と言って、その修理に従事しているスタッフの技術の高さを公式の場で表明したのであった。

しかし、この修理が如何に困難を極めたか11月17日付のアルゼンチン紙『Clarin』がそれを指摘している。それによると、新しい4つのエンジンを設置するのに潜水艦の胴体を二分する必要あったというのである。また625項目に亘る作業、960個あるバッテリーの取り換え、バルブの修理、その他メカニズムの改善など。そして乗組員の安全を確保するに寸分の狂いも許されなかったのである。結局、ほぼ6年の歳月を要する修理工事となった。

その上、今回の航海の前にも40日以上修理でドッグに入っていたというのである。

しかし、サンフアンが爆破したという可能性が一番濃厚になっている現在、修理の行程で問題があったはずだという憶測が有力となって来ている。その中でも問題視されているのは新たに設置されたバッテリーが新品ではなく、再生バッテリーを設置していたということが今、明らかにされているのである。そのバッテリーによる問題が発生したと艦長から報告があったが、その後解決したという。しかし、その機能が劣化すると水素ガスを発生するようになる。そして、電源がショートして火花を発生したら水素ガスに引火して爆破が起きる。この憶測が実際に起きたのかもしれない。

修理費をより安く仕上げるということで材料費の節約、その一方でそこでも賄賂が横行して、手数料を加えたことで価格は値上がりしたという憶測が濃厚になっている。その結果、完全に修理されたとは言えない潜水艦に勤務していた44人の乗務員が修繕費の節約と賄賂の犠牲者となっているのである。悲しいかなこれが今回の潜水艦に纏わる背景である。