ウィーンで展開された「北」工作活動

2017年11月29日 11:30

①大韓航空機爆発テロ事件が発生して今日で30年目を迎える。死者115人を出した同テロ事件は音楽の都ウィーン経由で始まった。ウィーン市立公園からリンクを渡ると「ホテル・アム・パークリング」が見える。爆発テロ事件の実行犯の2人、金勝一と金賢姫は犯行前に同ホテルに宿泊している。

2人は同ホテルに5日間、宿泊した後、ウィーンからベオグラードへ旅立つが、ウィーンでは大韓航空858便爆発後の逃避のための航空チケットを購入する一方、ウィーン旅行をする日本人親子の役割を演じている。ちなみに、金勝一は犯行後、バーレーンで服毒自殺、爆発事件後拘束された金賢姫は1990年4月12日、大統領特別赦免を受けている。

同テロ事件を受け、米国は翌年1988年1月20日、北朝鮮をテロ支援国家に指定した。ブッシュ政権は2008年10月、テロ支援国家指定を解除したが、トランプ米大統領は今月20日、約9年ぶりに再指定したばかりだ。

②北朝鮮の欧州唯一の直営銀行「金星銀行」(ゴールデン・スター・バンク)がウィーンで1982年開業された。「金星銀行」の開業を支援したのはオーストリアのクライスキー社会党(現社民党)単独政権だった。同銀行には不法武器密輸や核関連機材取引に関与しているという疑惑が度々浮上したが、社会党政権の加護もあって、大きな政治問題とはならなかった。しかし、オーストリアで2000年2月、親米派の国民党主導のシュッセル政権が発足して以来、米国による「金星銀行」壊滅作戦が本格的に始まった。

同銀行は北朝鮮の欧州工作の経済的拠点として利用され、北の麻薬密輸、ミサイル輸出、偽造米紙幣などの工作にも深く関与してきたことはこのコラム欄でも度々紹介した。

同銀行は2004年6月末、北側が自主的に営業停止して、銀行の歴史に幕を閉じたことになっているが、真相は異なっている。北が活用した「金星銀行」を営業停止に追い込んだのは米国中央情報局(CIA)と米国家安全保障局(NAS)の工作、オーストリアの当時のシュッセル政権の連携によるものだ。

「金星銀行」が不法な経済活動を実施していることを掴んだCIAはシュッセル政権にその証拠書類を提示、銀行の閉鎖を要求した。CIAが提示した書類の中にはオーストリアの政治家たちが北側を支援してきたことを示すものも含まれていた。

米国がそれらをメディアにリークする危険性があることを知ったシュッセル政権は米国側の要求に応じ、銀行の閉鎖を決定し、財務省独立機関「金融市場監査」(FMA)に「金星銀行」の業務監視を実施させた。米国が不法経済活動の証拠をつかんだことを知った北側は、強制閉鎖に追い込まれる前に自主的に営業を停止したというわけだ。

大韓航空機爆発テロ事件の犯人2人は1984年8月にもハンガリーから車を利用してウィーン入りしている。ウィーンについて、金賢姫はその著書「いま、女として」(文藝春秋社)の中で「はじめてのウィーンの町は、ひたすら緊張を強いられる不慣れな町でしかなかった。特別な感銘を受ける心の余裕などまったくなかった」と記している。

▲「金星銀行」の幹部、権栄録氏(ウィ―ンの北朝鮮大使館の中庭で撮影)

▲「金星銀行」の幹部、権栄録氏(ウィ―ンの北朝鮮大使館の中庭で撮影)

「金星銀行」の責任者だった権栄緑(コン・ヨンロク)氏は2009年末、平壌に帰国したが、ウィ―ン駐在期間、ウィーン市1等地にあるカジノによく通っていた。彼は結構、ウィーン時代を堪能していたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年11月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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