「力をもった破綻国家」の出現がテロや紛争を引き起こす

尾藤 克之

いまや「戦略」は、ビジネスシーンでは不可欠なものとして考えられている。では、戦略策定の方法をご存知だろうか。ビジネススクール出身者なら、次のように考えるかも知れない。戦略には目的を達成するための戦略整合性が必要になる。戦略は相手が存在することで明示できる。相手が誰なのかをより明確化しなければいけない。

次に組織との整合性を考える。例えば経理部に営業の仕事をさせてもミスマッチだから適材適所を考える。最後に倫理的整合性が必要になる。高級ブランドの店舗を出店するのに、浅草寺の仲見世やアメ横ではマッチしない。また牛丼チェーンを展開するのにスーツを着用したウエイターが接客してもピンと来ない。では「戦略の本質」とは何だろうか。

今回は、『自衛隊元最高幹部が教える経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)を紹介したい。著者は折木良一(以下、折木氏)。自衛隊第3代統合幕僚長。12年に退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官などを歴任し、現在は防衛大臣政策参与の立場にある。

戦略の基本は相手を知ること

本稿は軍事戦略をベースに作成する。折木氏は、戦略策定の際には、仮想敵国や競合他社の「能力」と「意志」を見極めることが重要であるとしている。安全保障では、仮想敵国の脅威は、「軍事的能力×侵攻」の意志の掛け合わせで考える。相手が日本に侵攻の意志をもっているのかいないのか。それを可能にする軍事能力を備えているのかという点である。

「軍事的能力が伴っていなければ、日本に対する具体的な『脅威』とはなりません。相手が仮に軍事大国であった場合でも、損害を与える意志がなければ『脅威』と見なすことはできません。軍事大国のアメリカは日本を侵攻できる能力を備えていますが、日本の同盟国ですから、侵攻の意志はない。したがって、脅威ではないと判断できます。」(折木氏)

「それでは中国はどうか。すでに日本に損害を与えるのに十分な軍事的能力を有していますし、尖閣諸島に圧力をかけてきているので、意志もある可能性が高いと判断できます。ただし、意志は指導者の性格なども含めて読みづらい部分があるためです。」(同)

過去の歴史から類推するという見極め方もある。いずれにしても、自分たちが被るであろうリスクを判断しながら、負けないための戦略を策定する必要がある。軍事にはその時代の知見の最先端が凝縮されるが、まずは相手を正しく知ることが大切といえる。

テロや紛争が頻発するようになった理由

しかし、そうした基盤的環境のなかで、いまだにあまり取り上げられないジャンルが存在する。それが、「地政学・地経学的リスク」である。「地政学」に関しては一部の専門家が取上げるようになったが、「地経学的リスク」に関しては未だ一般的ではない。

折木氏によれば、もともと安全保障の分野では頻繁に登場する言葉だそうだ。アメリカのイラク攻撃に対して、米連邦準備制度理事会(FRB)が「地政学的リスク」という言葉を使って以降、一般的な言葉として知られるようになってきた。そして、地政学的リスクの二大要因は、「テロの脅威」と「地域紛争の勃発」といわれている。

これらのリスクが、原油価格や株式、為替などの変動を引き起こしている。アメリカ同時多発テロ発生以降、テロ組織が戦争レベルの破壊行為がおこなえることを証明した。国家にとっては「対テロ戦争」が「備えるべき有事」と変化した瞬間でもある。テロへの対処の難しさも浮き彫りになってきた。しかし、テロ組織には「懲罰的抑止力」が効かない。

「主要な敵は『アルカイダ』から『イスラム国(IS)』へと移りました。テロ組織そのものを根絶するのは不可能に近いことですが、テロの土壌を潰すことで発生を抑えることは可能です。対テロ戦争における最大の『不安定要素』は『破綻国家』でしょう。」(折木氏)

「中東で統治能力のない、あるいは統治能力が低下している『破綻国家』が増大しているからこそ、『力の空白』が生まれて、テロ組織が入り込む隙が生じるのです。」(同)

力をもった破綻国家の出現

折木氏は、近年の特徴として、「力をもった破綻国家」が出現してきたことを挙げている。先進国が自国の利益のために、政府と反政府の戦いにおいて一方を支援し、武器を供与することで、支援されていた側が力をつけて敵対する。あるいは、先進国が撤退したあと、武器が残っていれば、望ましくない勢力に使われてしまう。

当時、自衛隊トップの役職である統合幕僚長を務め、映画『シン・ゴジラ』の統幕長のモデルともされる伝説の自衛官が、戦略の本質を語る。日本のアカデミズムが取り上げない「戦史研究」の意義、危機の現場で人と組織を動かすための極意、地政学を超える「地経学」の真髄が語られる。これは、いままでにない「戦略論の教科書」である。

参考書籍
自衛隊元最高幹部が教える経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)

尾藤克之
コラムニスト