12月31日をもって「カタルーニャ大使館」は正式に閉鎖される

カタルーニャ州政府の“外務省”の動向を伝えるスペインメディア(vozpopuliより:編集部)

カタルーニャの前州知事カルレス・プッチェモンは依然ベルギーでの逃亡生活を続けている。スペインに戻れば逮捕は免れない。そこで、彼はベルギーから今月21日の自治州議会選挙に向けて「これは第2の住民投票だ」と位置づけて、共和国としての独立を煽る声明を盛んに発信している。

ソラヤ・サエス・サンタマリア副首相は「プッチェモンがベルギーに逃亡出来たのもスペインの身分証明書を使ったお陰である。その彼が皮肉にもスペインからの独立を主張している」と述べている。

仮に、独立派が勝利して政権を握るようになると、カタルーニャからの企業の脱出は今まで以上の規模になることは必至であるとされている。そうなれば、フォルクスワーゲン傘下のスペインで誕生した自動車メーカーセアット(SEAT)も本社を移す構えでいる。同様に、世界でナンバーワンの「カバ」のメーカーフレシネ(Freixenet)も州外に出ることは必至である。

フレシネのCEOホセ・ルイス・ボネッは、カタルーニャがEUに受け入れられないのを見て、「今度は一転してEUから出たいとプッチェモンは提案しているが、滑稽だ。彼の姿勢はもうバカバカしい」と批判した。

スペイン政府外務省は12月31日をもってカタルーニャ自治政府が違法にも拘わらず開設していた『カタルーニャ大使館』を閉鎖することを正式に発表した。スペイン政府が155条を発動してカタルーニャ自治政府の機能を中断させた時点で、カタルーニャ大使館の活動は廃止となってはいるが、公式の通達はまだ行われていなかった。

スペインの各自治州政府は自治的統治機能を付与されていることから、スペイン中央政府と同様に各省庁が存在している。唯一、例外は外務省だけで、これは自治州では開設できないことになっている。それはスペインを代表する中央政府に委ねるものとされているからである。

しかし、カタルーニャ州政府はこれまでそれを無視。独自で外交を展開していたのである。スペイン政府はたびたびその存在が違法であると州政府に伝えていたが、強引に閉鎖を義務づけるまでには至らなかった。

カタルーニャ州政府の外務省に匹敵するものは『Diplocat』と呼ばれていた。Diplomàcia Pública de Catalunyaが正式名称である。そして、Diplocatはこれまで14か国に大使館を開設していた。ワシントン、ブルッセル、ロンドン、パリ、ベルリン、ウイーンなどで、2016年だと1800万ユーロ(23億4000万円)が州政府予算の中から割り当てられていたのである。2012年からのDiplocatの累積赤字は500万ユーロ(6億5000万円)。それを更に、3500万ユーロ(45億5000万円)まで予算を増額させて大使館を増やす計画であったというのである。

カタルーニャ大使館が開設されている場所はどこでも一等地で、独立を目指すカタルーニャをより印象づける見栄を誇示していた。

彼らのメイン活動はロビー活動である。大使館が所在している国で、カタルーニャは独立するための十分なる歴史的な経緯があり、スペイン中央政府からその独立が阻まれているというのを訴える役目を担っていた。そして、カタラン語の普及である。

この不況の中で、カタルーニャ市民の半数そして多くの企業が独立を望んでいないにも拘らず、州政府はこのような多額を独立の為に費やしていたのである。

Diplocatのラウル・ロメバ外務長官はジュンケラス副州知事らと同様につい先日まで刑務所に収監させられていた。憲法155条に背いて共和国を誕生させようとしたとしyて反逆罪などに問われていた。

プッチェモン前州知事の政権時に、カタルーニャの外国での広報に2億2000万ユーロ(286億円)を使っていた。複数の組織機構を設立して、それを通して外国にカタルーニャの存在をこれまで喧伝していたのである。カタルーニャ発展協力エージェンシー、平和の為のカタルーニャ国際協会、39人評議会、歴史と民主メモリアル、企業と文化のカタラン協会などは、それぞれ役目があって、どれも外国でカタルーニャの存在を知ら示す組織機構であった。

ラモン・リュイル協会という組織も設立されている。これは、スペインがセルバンテス協会を通して世界にスペイン語とその文化を普及させているのと同様に、カタラン語とその文化を普及させる組織なのである。パリ、ベルリン、ロンドン、ニューヨークにこの協会の文化センターが設けられていた。

これらの組織を運営していたのもDiplocatの仕事のひとつであった。また、マス前州知事が今年3月に名誉あるOxford Union Societyで講演したが、それが可能になるようにロビー活動をするのもDiplocatの仕事であった。

因みに、マス前州知事がカタルーニャの独立の為のプロセスを説明するのに、ヨーロッパを3200㎞移動したが、そのアレンジもそれぞれ現地のカタルーニャ大使館の仕事であった。

米国へもプッチェモン前州知事、ジュンケラス副州知事、マス前州知事が講演しているが、ワシントンのカタルーニャ大使館が事前の準備をしたのであった。

プッチェモン前州知事がベルギーに逃亡したのもブリュッセルのカタルーニャ大使館が下準備をした。

カタルーニャ州政府とスペイン政府との間での外交の戦いの場面もある。カタルーニャ州政府は独立した暁には外国からそれを認めカタルーニャ共和国として承認を貰うための下準備も州政府は行っていた。その中でも、イスラエルはカタルーニャの独立を推す国として良く知られていた。

2013年、当時州知事だったマスがイスラエルを訪問した時に、スペイン政府はイスラエル政府に事前に圧力を掛けて、ネタニャフ首相との会談が実現しないように要請。案の定、ネタニャフ首相はマス州知事との会談を予定に組まなかった。しかし、それに代わって、当時の大統領シモン・ぺレスが彼と会談するという出来事があった。