営業活動に「情熱」は不要だった?実は単なる思い込み!

尾藤 克之

ビジネス心理学をご存知だろうか。よく知られているものに、アサーティブ、フレーミング、バーナム効果、コールドリーディングなどがある。心理学は「人問心理を解き明かすもの」だが、知っているだけでは役にたたない。大事な場面で、「使える」という実践的なレベルにまで高めておかないと、中途半端な知識で終わってしまう。

今回は『売れすぎて中毒になる営業の心理学』(すばる舎)を紹介したい。著者は、神岡真司さん、ビジネス心理学の専門家として知られている。ビジネス心理学に関する著書も多く、主要著書として30万部ベストセラー『ヤバい心理学』がある。

「情熱さえあればうまくいく」はあり得ない

東京営業所に中途採用で鈴木さんが入社してきた。営業マンは全員20代。営業所長がメンバーを集めて気合いを入れる。「いいか、お前たち!朝8時からジャンジャン電話しろ!へこたれてはダメだ!最後の一件がお宝になることもある!ピンチはチャンスだ!気合いで乗り切れ!夢にときめけ!明日にきらめけ!」。所長の訓示は1時間を超えた。

所長は具体的な指示をすることはなかった。鈴木さんは、「しまった!」と思った。そして、一気にモチベーションが下がっていく。営業マンに必要とされる要件はいくつかあるが、いまだに、情熱と気合いを重視する人が多い。元気ではつらつとした印象さえ取りつくれば、その気迫に押され、成約できると勝手な思い込みをしているのである。

「こうした営業マンは、早口で一方的に、慣れ親しんだ自分のセールストークをマシンガンのように打ち出してきます。そして、お客様から『うちは間に合ってますから』と制止されて、撃沈されてしまいます。とてもウザがられているのです。人は、会った瞬間に相手の人物を見定めます。まず『敵』か『味方』かを選別するのです。」(神岡さん)

「本能が『脅威』を感じとれば『敵』になります。マシンガントークの営業マンは、売り込もうと一生懸命ですが、明らかにお客様に『脅威』を感じさせています。何とか商品やサービスをお客様に売りつけようと、必死の形相です。お客様は『このままでは危険』と本能シグナルが鳴り出すので、早々に面談を打ち切ろうとするのです。」(同)

気の弱い人は、営業マンの迫力に圧倒されながら断れない人もいる。黙って聞いているが営業マンの話に耳を傾けているわけではない。どのタイミングで断ろうかと考えているだけである。これでは会社のイメージすら悪化しかねない。

「お客様に『脅威』を感じさせて、会話が成立することはないと知るべきでしょう。やっぱり笑顔に勝るものはありません。営業マン研修には、口に割り箸をくわえて表情をつくるコンテンツがありますが、これはとても有益な方法です。歯を見せ、ニンマリ笑顔をつくる練習をしていると、面白い変化にも気づけるからです。」(神岡さん)

古典的心理学の一つに「ジェームズランゲ説(James-Lange theory)」がある。これは、アメリカの心理学者ジェームズと、デンマークの心理学者ランゲによって唱えられた情動(感情)についての考え方。「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しくなる」「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」という表現で象徴されている説になる。

「眉間にシワを寄せて歯をむき出し、怒った顔つきでいると、だんだん不快な感情に支配されます。反対に、笑顔でいれば自分も明るく、相手に『安心』を届けられるのです。お客様の警戒心をとり『安心』を与えたいなら、それは笑顔しかありません。」(神岡さん)

「必死の形相でまくし立てることが、いかに警戒心をかき立たせるかを自覚しないといけません。『笑顔』の研究は、世界中で行われています。笑顔でいると、副交感神経が刺激され、ストレスの軽減に役立つなどの効能が明らかになっています。」(同)

ビジネス心理学の真髄を知る

多くの人がダマされているものに数字トリックがある。数字はありのままの無機質な客観的データに見えるので、人の錯誤を誘いやすい。次のケース(いずれの数値もほぼ同じ)を見れば受ける印象は異なることが理解できるのではないか。

(A)タウリン1000ミリグラム配合
(B)タウリン1g配合

(A)レタス10個分の食物繊維
(B)キンカン100g分の食物繊維
(C)2.5g相当の食物繊維

(A)ご愛用者、100万人突破しました
(B)ご愛用者、和歌山県の人口を突破しました

(A)敷地面積は東京ドーム1個分の大きさである
(B)敷地面積は観光バス1570両分である

なお、本書に取上げられたケースはリアリティがあることから、日常のビジネスにも転用可能である。楽しみながらビジネス心理学を理解できることだろう。

尾藤克之
コラムニスト