クラスの名簿から突然消えた学生の名

2017年12月21日 06:00

人民ネット日本語版が先日、12月18日、以下のタイトルで、興味深い記事を配信した。

90後の「仏系青年」傾向、ネガティブ?それともただのユーモア?

しばしば学生から、「仏系」という言葉を耳にし、気になっていたが、どうも大変な流行になっているようだ。日本発というから他人ごとではない。人民ネットの説明によると、2014年、日本のメディアが、一人で時間を過ごすのが好きで、自分の趣味や生活リズムを大切にし、恋愛などに多くの時間を割きたくない男性のことを「仏男子(ぶっだんし)」と表現したことに端を発している、とのことだ。日本ではさほど流行っていないように思えるが、海を越えて心の琴線に触れたということなのだろう。

「仏」というと成熟した悟りの境地を連想するが、実際は、主体性や積極性を欠き、周囲の状況に流される生き方を指す。こだわらない自然さよりも、決められないマイナスのニュアンスを多く含む。たとえば、何を食べるのかを考える際も、「まあなんでもいいや」と言い、大セール商品の先着順を競っても、「当たればいいし、当たらなくてもいいし」と言う。男女の交際にも、「とりあえず付き合ってみるか」、あるいは「別に無理しなくても」と、意に介しない。日本語の「別に…」を思い起こさせる。

「仏系」は、1990年代に生まれた90後を形容する流行語だと言われる。高度成長期に物質的には恵まれた環境で育ったが、学校では過酷な点数競争にさらされ、ちょうど、大学から就職、進学、さらには結婚、出産といった人生の大きな節目を迎えている世代だ。人生の選択はかつてないほど多様化している。だが、目まぐるしく発展する科学技術と急激に変化する社会状況に追い立てられ、「何を」選択ではなく、「いかに」選択するかの壁にぶつかる。世代間で共有される気持ち、焦り、戸惑い、困惑が「仏系」の用語を得て拡散したのではないか。

先週、授業に臨む前、いつものように全員の名前を覚えるため、名簿を確認していて唖然とした。35人のはずが34人になっている。消えた1人はすぐにわかった。クラスでの研究発表で、まだテーマを決めていなかった三年生の女子だった。以前、別の教師が受け持つ授業の課題で、もう一人の学生と一緒に私を訪ね、日本の憲法改正問題について教えてほしい、と聞いてきたことがある。あの時、もう一人の学生がもっぱら話し、彼女はずっと聞き役に回っていた。おとなしい性格なのだと思っていたが、まさか私の授業をキャンセルするとは、何か負担があったのだろうか・・・。

教務担当に訪ねると、二日前に休学手続きを取ったという。すでに秋季学期も半ばを過ぎ、終盤に差し掛かろうとしているときだ。おそらく長い間、悩んだ末の決断なのだろう。本人にチャットで連絡を取ると、ジャーナリズム専攻と将来の職業選択について、目的を見失ってしまい、専攻の変更を考えたいという。次の学期には戻ってくるので心配はない、とのことだった。専攻と就職を結び付けるのはよくわかる。特に伝統的メディアの凋落は顕著で、記者養成を主目的とした従来のジャーナリズム教育は大きな曲がり角に立たされている。

だが、学業と就職が必ずしも一致しないことはしばしば起きる。大学の勉学は、就職のための功利的な目的だけからではなく、それ自体の価値と意義にも目を向けるべきだと思う。後の祭りではあるが、私の考えを伝え、彼女の復帰を待つことにした。

「仏系」の言葉が頭をよぎった。休学を選んだ彼女はむしろ、自分と正直に向き合い、自分なりの選択をしたと言えるのではないか。だが、本当に「いかに」選択するかを見極めての結論だったのだろうか。せめてひと言でも、私に相談してほしかった。授業中、彼女の反応が遅いことに対し、私の注意が足りなかったのではないか。振り返れば、後悔することばかりが浮かんでくる。

自問自答を繰り返しながら、心の中にぽっかり穴が開いたような気がした。翌日、同僚の教師たちに相談をし、近く、就職を控えた大学三年生との交流会を開くことになった。

宿題に追われるばかりで、何のために学んでいるのかわからない、という学生が増えている。家庭の事情で奨学金に頼って就学しながら、目的を見失い、両親に申し訳ない気持ちでふさぎ込んでしまう学生もいる。自分を育ててくれたおじいさんが亡くなり、ショックで部屋に閉じこもってしまう学生もいる。それぞれは個人の問題である以上に、社会の背景を背負っている。「仏系」といった簡単なひと言ではくくれない複雑な若者たちだ。

もしかすると「仏系」は救いを求める叫びであって、彼らや、彼女たちが求めているのは、仏のような慈悲の心、あるいは、仏が体現するような深遠な知恵なのか。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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