アルゼンチンのフェルナンデス前大統領に逮捕命令

白石 和幸

逮捕命令が出たアルゼンチンのフェルナンデス前大統領(公式ブログより:編集部)

11月7日、アルゼンチンのクラウディオ・ボナディオ連邦判事は同国のクリスチーナ・フェルナンデス前大統領(任期2007〜2015)の逮捕を命じ、その為に現在上院議員の議席を持つ彼女の不逮捕特権を解除するように議会に要請した。逮捕の理由は「AMIAテロ事件」に関与したとされていたイラン人テロリストを免責して事実を隠蔽しようとした容疑からである。

AMIAテロ事件というのは1994年7月にブエノスアイレスにあるユダヤ人共済協会(Asociación Mutual Israelita Argentina)の建物が何者かによって爆破され、85名が死亡したテロ事件である。

この事件の解明に当時のネストル・キルチネル大統領(2003-2007)が指名したのがアルベルト・ニスマン検事であった。ニスマンが調査を進めて行くに連れて、この事件の背後にイラン政府とレバノンのヒズボラが関与していたことを突き止めたのである。そして、彼は2006年10月に首謀者としてイランの元大臣2名、政府顧問1名、在ブエノスアイレスのイラン大使館参与1名、イラン外交官1名の5名に、ヒズボラから1名を加えて、彼らを告発し逮捕命令を出したのであった。また2007年にはインタポールもこの6名の逮捕に動いたのであった。

ここで何故、アルゼンチンがイランとの関係を築くようになったのか説明が必要である。

ネストル・キルチネルとクリスチーナ・フェルナンデスの夫婦による12年間の政権中に、彼らは当時のベネズエラのチャベス大統領のボリバル革命に影響されて、反米主義に傾き、その一貫としてチャベスを通してイランとの外交関係の強化を図っていくのであった。

因みに、クリスチーナ・フェルナンデスは反米主義が徹底していて、大統領就任中に一度も米国を訪問していない。一方、ロシアや中国は数度訪問している。

アルゼンチンはまたラテンアメリカでユダヤ人移民が最も多い国で、18万人のユダヤ人が永住している。それは、ユダヤ人の敵イラン人そしてヒズボラにとって関心を呼んだ。

アルゼンチンとイランの関係が伸展して行くに連れて、AMIAの事件解明でイランとヒズボラが背後にいることを突き止めたニスマン判事の今後の動きがイランにとって目障りとなっていた。

2013年にフェルナンデス大統領はイランと覚書を交わして両国の政治、貿易、地政学の面において相互の関心を発展させることで合意が結ばれた。そこには年間100万ドル相当のイランとの取引が約束されていたのであった。当時不況とインフレそして外貨不足に苦しむフェルナンデス大統領にとっては都合の良い覚書であった。

しかし、この覚書の裏にはAMIAテロ事件の実行犯は免罪にするという約束が交わされていたのである。こ覚書をフェルナンデス大統領の指示内容に従って下書きしたのは当時の外相ヘクトル・ティメルマンであった。

ところが、ニスマン検事はこのテロ事件の調査を進めて行くにつれて、上述覚書に裏合意が隠されていることを解明したのである。そこで、2015年1月14日にニスマンは、まだ大統領の職務にあったクリスチーナ・フェルナンデス、外相のヘクトル・ティメルマン、更に大統領の側近らを相手に彼らがイランと密約を結んでいたとして告発したのである。そして5日後の19日に議会の公聴会でこの密約の実態を明らかにする予定であった。

ところが、公聴会に出席する前日18日にニスマンの自宅の浴室で頭部を被弾した彼の遺体がみつかったのである。その傍には使用された拳銃が落ちていた。初期段階では自殺説が有力であったが、最近では検死から他殺という結論に至っている。

ニスマン検事が死亡したことによって、この疑惑事件は保留処分となった。

しかし、政権が代わってマクリ大統領が就任したことと、新たな証拠も見つかっているとして、連邦判事クラウディオ・ボナディオがこの事件の解明に動いたのである。そして、彼はフェルナンデス前大統領の長年側近だったカルロス・ザニニら数人を早速逮捕した。当時外相だったヘクトル・ティメルマンは健康上の理由から自宅蟄居を命じた。

ティメルマンが電話でイラン人の免罪のことなどに触れているのも盗聴されており、目指すはクリスチーナ・フェルナンデス前大統領の不逮捕特権の解除して彼女を逮捕することである。

しかし、彼女の不逮捕特権を解除するには、上院72議席中の3分の2の議席である48議席の賛成が必要なのである。マクリ大統領の政党PROの25議席に他党14議席を加えた39議席は賛成を確保できるとしても、9議席及ばない。彼女が当初所属していた正義党は分裂してアンヘル・ピチェトが率いる25議席と彼女に味方している8議席とに分かれている。48議席に到達するには正義党から支持票を引き抜く必要があるのである。

マクリ大統領には二つの選択が迫られているという。正義党の25議席を説得して、不逮捕特権の解除に何らかの条件を付けて支持してもらうか、或いは、今後の上院運営のことを考慮すると、マクリの25議席では苦しい議会運営を迫られる。彼女の特権解除には目をつぶって、彼女に上院議員として存在してもらう。彼女が上院にいれば正義党25議席と彼女の政党FpVの8議席が二分するのは確かで、それが合体することはあり得ないとマクリは推察しているという。そうなると、マクリの25議席でも個々の案件で、個別に他党と交渉すれば議会で過半数の承認を得やすくなると判断しているようである。

インフレは25%であるが、マクリ大統領への国民からの支持は依然高い。これまでキルチネル夫婦による12年間の社会主義的しかも閉鎖的な政策から180度転換してマクリの開放的で欧米主体の関係強化に多くの国民は納得しているからである。