リスクマネジメントはヒューマンファクター・マネジメントである --- 昆 正和

2017年12月28日 06:00

重大インシデントの新幹線車両と同型の700系車両

「とうとう新幹線神話も崩壊か…!?」

今月半ば、博多発東京行き新幹線「のぞみ34号」の台車に亀裂が見つかったとニュースが報じた時、私たちの誰もがそう思ったに違いない。

このインシデントには「なぜ?」が付きまとう。例えば私たちがマイカーで高速道路を走行中に、車の床下から異音や異臭がすれば、ただちに車を止めて保安サービスを呼ぶだろう。たとえ目的地への到着時間が遅れることになっても、だ。そのまま走行し続けるなんて、怖くてできやしないのである。

ところが輸送車両(バスやトラック)や鉄道、あるいは航空機になると、こうした個人では可能なはずのリスク回避の判断ができなくなってしまうのだ。今回のインシデントについて、JR西日本が公表した調査結果では、運行に関わった担当者たちに次のような「認識のズレ」があったそうである(以下12月27日付の神戸新聞の記事より抜粋)。

・岡山駅で添乗した保守担当者は、異音を感知して「床下を点検したい」と東京の指令員に連絡。指令員が走行への影響を確認したところ「そこまではいかないと思う、見ていないので現象が分からない」と答えた。

・その後、保守担当者は指令員に電話で「安全をとって新大阪で床下点検をやろうか」と告げたが、指令員は別の指令員に報告を求められたため耳から受話器を外し、聞き逃した。

・これらのやり取りを通じ、指令員は「床下点検の必要性はない」と捉え、一方で保守担当社員は「点検実施の要請が伝わった」と考えたという。

これらのやり取りは、双方の「認識のズレ」という言葉で片づけられている。JR西日本の発表は、今回の重大リスクに至った原因を、暗に”現場の個人”に帰したいようにも見える。一方、さまざまな報道で「重大事故の危険よりも過密ダイヤの厳格な運行の方を優先したのでは?」との見解も数多く聞かれる。かつての福知山線脱線事故の教訓が生かされていないことを指摘する声も少なくない。

確かにこれらの意見は当たらずとも遠からずだと思う。では、経営陣が利益よりも安全運行管理を最優先するように会社の方針を改め、現場教育を徹底すればそれで解決するだろうか。というのは、東京の指令員が「そこまではいかないと思う、見ていないので現象が分からない」と答え、「別の指令員に報告を求められたため耳から受話器を外し、聞き逃した」と言っているのが引っかかるからだ。

もしこれが冒頭のように自分の車に起こったインシデントならば、ただちに緊急停止して点検を最優先しただろう。しかし、このときはまったく逆の姿勢で答えている。なぜこのような応答をしたのだろう? 新幹線と言えども、これまで車両トラブルや悪天候による大幅な遅延や運休は何度も起きているではないか。このときだけ危険を冒してまで厳格な運行ダイヤを維持しようとしたというのは考えにくい。

会話から見えてくるのは、指令員の”たいした問題ではなさそうだ”と思われる判断である。彼は心からそう思ったのではないか。なぜ他人事のような意思決定がなされてしまうのだろう? なぜこのように応答するのが「当たり前」だと判断したのだろう。これを一個人の危機意識の問題として処理するのは十分でないどころか、むしろ危険でさえあると思う。

人が介在することで、リスクが1にもなれば10にもなる。いわゆるヒューマンファクターが正しい予測や判断を狂わせることがあるのだ。その根本的な原因は今後の詳しい究明を待たなくてはならない。たとえ台車の亀裂の原因が判明し、物理的により安全な解決策が見つかったとしても、ヒューマンファクターに関わる根本問題を解決しなければ、今後もそのリスクは残り続けるだろう。

1940年代に初めてゲーム理論を提唱したジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンは、こんなことを述べている。

「どんなシステムもそうだが、とくに重要な要素はヒューマンファクターである。最も管理が困難で不確実な最大の源泉だからだ」。

これは人の経済行動の意味合いで述べたことと思われるが、リスクマネジメント一般にもピタリとあてはまる言葉であろう。

とかくリスクマネジメントと言えば、人間の外にある物理的なリスクを対象とするように思いがちだが、実はその半分、いや大半は、私たち内部のヒューマン・マネジメントのことに他ならないのである。

昆 正和(こんまさかず)BCP/BCM策定支援アドバイザー
東京都立大学(現首都大学東京)経済学部卒。9.11テロでBCPという危機管理手法が機能した事例に興味を持ち、以来BCPや事業継続マネジメントに関する調査・研究、策定指導・講演を行っている。

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