教育改革の始まる年に

2018年01月03日 19:00

2020年は学習指導要領の改訂と大学の入試改革があり、「教育改革の年」といわれている。なにがかわるかといえば、大学入試は国語と数学で「記述式問題」の導入、英語は4技能の評価、民間資格・検定試験などである。学校現場では具体的に何が変わるかというと、「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)を取り入れた授業が実施される(具体的にいうと、教科・科目の構成や目標・内容が新しくなる)くらいだろうか。

これらはオックスフォード大学の苅谷剛彦教授が指摘するように「上からの改革」である。現場ではあまりピンと来ていない。

それよりも教育困難校や、教室における児童生徒との接し方、児童生徒と教員の多忙をどう改善するかというほうが現場としては重要な関心ごとなのだが、文科省の方は思いは至らないらしい。

教育困難校の問題は、朝比奈なを氏の記事に詳しい。小中学校というよりかは、学力や学ぶ態度が身につかないままに高等教育にまで進ませてしまった混乱が、現場を疲弊させている。これと大阪市立高校の黒髪強要問題は表裏だと思うのだが、そこまで学校は追いこまれているのである。

児童生徒との接し方は、ますます難しくなっている。教室における児童生徒の行動のマネジメントである。「教師の言うことだから聞く」ということは、今の子供たちの意識にはほとんどない。「怖いから言うことを聞く」ということもあることはあるが、慣れてしまえばまた荒れてしまう。皆がテレビや雑誌に取り上げられるカリスマ教師のようになればいいというかもしれないが、それはうちの会社の営業マンが皆エース営業マンになればいいというのと同じで現実味がない。

教師も確かに非常識な人間も多いが、子どもや家庭がそれを追い越していってしまっていった感が強い。学校で立ち振る舞い方のルールなど法的な制度の整備を進めなくては(正確にはルールを破った時の対処方法。現時点では教員の「人間力」に頼り切っている)、学校制度は早晩機能不全になるであろう(すでになっているかもしれない)。

三番目は、児童生徒と教員の多忙化をどうするかということである。部活動は言うまでもなく、来年からさらに授業時数が増える。教科が増えるからなのだが、じゃぁなにかを削るかという考えは文科省にはない。それぞれの科目にはそれぞれの先輩の思いがあるからだろう。これぞ省益である。小学校は特に深刻だと思う。毎日6時間授業をして、それでも足りないので土曜も授業するようになる。児童も教師も疲労困憊である。授業内容じたいはとくに社会に出て役に立つことは教えていない。学校の勉強は役に立たないので、夜は塾へ行く。となると、これは5時以降がほんとうの仕事の時間だとうそぶいているサラリーマンとなんら変わるところはない。サラリーマンになるための準備と考えれば、意外に役に立っているのか、学校の授業。

以前もいったように、学校は勉強するところではないのだ。サラリーマンの心構えを身につけるところになってしまった。子供時分からこんなに生産性の低い営みに慣らされていたら、働き方改革も絵に描いた餅になるのは必然である。

教員は、東京をはじめ一部の自治体をのぞけば、仕事のわりにたいした給与ではない。いったいどんな学生が教師を目指すのだろうか。2020年以降、こちらもひじょうに興味深い問題である。

中沢 良平(元小学校教諭)

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