旧ユーゴ共和国間の領海争い

多民族から構成され、久しく“民族の火薬庫”と呼ばれてきたユーゴスラビア連邦が1991年、民族紛争が契機となって解体された後、欧州に近接しているスロベニアは独立後、2004月5月に早々と欧州連合(EU)に加盟を果たし、07年12月にはシェンゲン領域に加入した。一方、クロアチアのEU加盟(2013年)は遅れた。ボスニア・ヘルツエゴビナ紛争の影響もあり、紛争処理に時間がかかる一方、国内政治の腐敗などがあってブリュッセルから加盟が認められるまで時間がかかったのだ。

ところで、スロベニアとクロアチア両国の間で1991年以来、領海争いが続いている。両国はアドリア海に面し、イタリアの領域と接している。問題は、スロベニアはアドリア海北西部のピラン湾の大部分を自国に属すると主張する一方、クロアチアはその海域の半分はわが国に属すると反論してきた。ピラン湾海域のイタリアに接している水域がクロアチアに帰属すれば、スロベニアは国際水域への接続を失ってしまうため、クロアチア側の主張をこれまで拒否してきた。

両国間交渉で結論が出ないため、スロベニアは領土、領海に関する調停裁判所にピラン湾の領海問題を訴えてきた。そして昨年6月、ピラン湾のアドリア海域の大部分をスロベニアに属するという判決が下され、クロアチアは両国国境線上のツムべラク山脈頂上のSveta Geraの海域だけが認められた。

スロベニアはその判決に基づき、さっそく領海線の修正に乗り出すなど準備に取り掛かったが、 クロアチアはその判決に不満を表明し、新たな領海線を拒否し、今日に至っている。

スロベニアとクロアチアの両国の領海線(オーストリア通信=APA配信、オーストリア国営放送から転載)

オーストリア通信(APA)が配信したアドリア海域の領海図をみれば、両国の領海争いが理解できるだろう。アドリア海から国際水域に通じる海域をクロアチアがとれば、スロべニアは国際海域への道が絶える。そのため、今回の判決では、ピラン湾の海域だけではなく、国際水域への回廊地帯を認めている。

スロベニアのミロ・ツェラル首相は昨年12月29日、6カ月間の準備期間後、「新しく決定した海域の管理に乗り出す一方、新たな海域を管理するための関連法も実施する」と通告した。一方、クロアチア側はスロベニアとの両国間の解決を要求、ピラン湾の半分の帰属を要求して譲らない。同国のアンドレイ・プレンコビッチ首相は、「昨年6月29日の判決は全く意味がない」と一蹴している。

ちなみに、旧ユーゴ連邦時代、アドリア海沿いの海域境界線はまったくテーマとはならなかった。旧ユーゴ解体後、両国は2001年6月、ドルノウシェク・ラチャン合意で妥協が成立し、クロアチアが湾全域の3分の1の領域を得る一方、スロベニアに国際水域への接続を認めることになったが、クロアチア議会の反対で同合意内容は成立しなかった経緯がある。

今回の判決に基づき、クロアチア人漁師がスロベニア側に帰属した海域で漁業をするためにはスロベニアのライセンスが必要となる。それに違反した場合、スロベニアはEUの漁業政策に基づき罰金刑などの制裁を課することができる。スロベニア当局によれば、昨年1年間で1000件以上のクロアチア人漁師の違法があったという。

スロベニアのカルル・エリヤヴェツ外相は昨年12月、「両国の国境線がどこにあるかを理解できない国はシェンゲン協定に加入する資格はない」と警告し、クロアチア側が今回の決定を容認しない場合、クロアチアのシェンケン協定の加入やユーロ導入に対して拒否権を発効することを示唆している。それに対し、クロアチア側はスロベニアに「領海問題で一方的な対応を取らないように」と強く牽制している、といった有様だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。