がんプレシジョン医療:入門①

「プレシジョン医療」という言葉は、オバマ前米国大統領が2015年の一般教書演説で、「プレシジョン医療イニシアチブ」を提案したことから、広く利用されることになった。オバマ氏の発言を借りて、「プレシジョン医療」のゴールを説明すると、「the right treatments at the right time, every time, to the right person」(必要な患者に、必要な時にいつでも、必要な治療法を)となり、私が1996年に提唱した「オーダーメイド医療」にほぼ重なる意味合いを持つ。

このイニシアチブの背景は

Doctors have always recognized that every patient is unique, and doctors have always tried to tailor their treatments as best they can to individuals. You can match a blood transfusion to a blood type — that was an important discovery. What if matching a cancer cure to our genetic code was just as easy, just as standard? What if figuring out the right dose of medicine was as simple as taking our temperature?

という素朴な質問から始まる。

私の意訳では

「医師は個々の患者さんの違いを認識してきたし、それぞれの患者さんに最適の治療を提供しようとし続けてきた。輸血する時には、血液型を調べる必要があることは、偉大な発見だった。どうして、がんを治癒するために、遺伝子情報を簡単に利用することができないのか?どうして、最適の薬剤量を見つけることが、体温を測るように単純にできないのか?」

となる。薬を選ぶことが、血液型判定や体温測定のように簡便にでき、すべての患者さんが容易にアクセスできることを目指すプロジェクトだ。

個人個人の生まれ持った遺伝的特徴やがん細胞などで生じた遺伝子異常情報に基づいて、より安全に、より効率的に薬剤の利用を図るものである。生まれ持った遺伝的な特徴を、われわれは、「私は……体質」、「私はこの薬は苦手」、「私の家族は……に罹りやすい家系」などと認識し、表現している、生まれ持った遺伝的特徴は、遺伝子多型という科学で説明することができる。身長や目の色などの特徴に関連する多数の遺伝子もすでに見つかっている。

私は、20年前以上前に、このような遺伝子多型情報を、医学的には副作用などの回避につなげることが可能と思っていた。そして、20年間で、多くの薬剤の効果や副作用に関連する遺伝子情報が明らかにされている。米国医薬品食品局(FDA)は、ウエブページ上に数百に上る「薬剤使用時のバイオマーカー」っを「Table of Pharmacogenomic Biomarkers in Drug Labeling」として公開している。(がん細胞などで生ずる後天的な遺伝子変化も含まれている)。

がんの話題から少し外れるが、スティーブンス・ジョンソン症候群と呼ばれる薬疹(薬の服用がきっかけとなって、皮膚や色々な部位の粘膜などにアレルギー症状の副作用が起こるもの)の原因は、20年前にはまったくわからなかった。まさしく、原因不明の難病であった。しかし、今では、特定の薬剤と特定のHLA(白血球型抗原)の組み合わせが原因で、自己免疫反応を起こすことが明らかになっている。下記に示した薬剤を、右に示したHLAを持つ患者さんに投与すると、非常に高い確率でスティーブンス・ジョンソン症候群を含む重症型の薬疹が発症し、一部の患者さんは致死的な状況に至る。

アバカビル 抗HIV薬 HLA-B*5701
カルバマゼピン てんかん治療薬 HLA-A*3101
カルバマゼピン てんかん治療薬 HLA-B*1502
オクスカルバゼピン てんかん治療薬 HLA-B*1502
フェニトイン てんかん治療薬 HLA-B*1502
ネビラピン 抗HIV薬 HLA-B*3505
アロプリノール 痛風(高尿酸血症)治療薬 HLA-B*5801
フェノバルビタール てんかん治療薬 HLA-B*5101

などがある。一般に市販されている解熱鎮痛剤により生ずる薬疹の候補HLA因子も見つかっている(上の5個に関してはすでに米国FDAのリストに掲載されている)。

このうち、カルマバゼピン(HLA-A*3101)やネビラピンとHLAとの関係については、われわれは報告したものである。台湾やタイでは、薬剤投与前の遺伝子レベルでの検査が行われている。薬疹に関する遺伝性を示すデータはほとんどないが、これは同じ薬剤が20-30年以上の長期間利用され、親子で同じ病気に罹患し、同じ薬剤を服用したケースが少ないからである。「私は親子で起こった例など見たことがないので、遺伝的であるはずがない」とうそぶく医師もいるが、単に科学的考察力が足りないだけだ。HLAは親から子へと50%の確率で受け継がれること、今後、長期間生き残っていく薬剤が増えてくるので、重篤な副作用を回避するためにも、これらの常識は医療関係者や一般の方が共有することが重要だ。このような知識は、絶対的に学校教育の場で教えていくべきであると思う。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年1月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。