安倍総理が訪問したリトアニアに、知っておくべき日本人がいた

2018年01月19日 06:00

14日、外遊中の安倍総理がリトアニア共和国の第2の都市、カウナスを訪ねました。
その目的は杉原千畝氏の記念館に行くことでした。

リトアニアという国は北欧に分類されたり時として東欧・中欧に入れられたりという国ですが、面積は日本の6分の1弱、人口は約325万人という小ささです。ロシア帝国やナチスドイツ、ポーランドそして第二次大戦後はソ連に侵攻されるなど小国の悲哀も味わっています。

カウナスに外交官である杉原千畝氏が赴任したのが1939年の7月、目的は日本領事館の設立と、“戦争前夜”の時期でしたからソ連とドイツの情報収集すなわち「諜報」のためでした。

そして2カ月後、ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まります。
ポーランドからリトアニアに逃げてきたユダヤ人はカウナスの日本領事館で日本行きのビザ(入国査証)を求めました。
当時ナチスドイツがユダヤ人を迫害していて、まさに命懸けで日本行きを求めたわけです。

杉原の主たる任務は情報収集でしたが「ビザを出すか出さないか」はイコール「ユダヤ人を見殺しにするか命を救うか」という判断でした。
迷った杉原は本国・日本の外務省に問い合わせましたが、当時、ドイツとの関係を重視する日本軍の大きく影響していた政府の答えは
「拒否すべし」
というものでした。

杉原は悩みます。
“悩む”なんてものではなかったかもしれません。
苦悩・煩悶をした末に出した結論は、
「ビザを出す」「人道・博愛主義で人の命を助ける」
独断でした。

その結果およそ6000のユダヤ人の命が救われたましたが、戦争後の1947年、外務省を解職、すなわちクビになります。
「命に背いたから」という組織の論理でしょう。

戦後、ユダヤ人が私たち日本人を敵視せず好意的に見るのは、身を賭してこの判断をした杉原千畝への感謝があったからでしょう。

その杉原の日本国内での名誉回復は実はつい最近、平成12(2000)年のことです。
外務大臣が夫人や家族に謝罪、名誉回復のための顕彰プレートを外務省・外交史料館に設置しています。
そのプレートには
「勇気ある人道的行為を行った外交官
杉原千畝氏を讃えて」
と書かれています。

こんな日本人がいたということを私たちは知っておくべきです。
私は関心があったので映画を見たり吉川晃司主演のミュージカル『SEMPO -日本のシンドラー 杉原千畝物語-』を観に行ったりしましたが、まだの方は2年前の唐沢寿明主演の映画『杉原千畝 スギハラチウネ』
ぜひ一度ご覧ください。


編集部より:この記事は、前横浜市長、前衆議院議員の中田宏氏の公式ブログ 2018年1月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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中田 宏
前衆議院議員、前横浜市長

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