ストレスチェック時代 診断書の読み取り方とは?

2018年01月20日 06:00

これまでに何度か就業規則の大切さはお伝えしたが、特に社員がメンタル不全に陥ってしまった場合などは、特に重要な意味を持ってくる。

医学の進歩が目覚ましい今日では、手術や骨折などの外科的な治療は、療養期間として診断書に書かれた日数内で間に合うようであり、おおよその休職期間の見当がつけ易い。しかし、これが精神疾患になると、なかなか先が見通せない場合が多くなる。

「300万人を超える精神疾患の患者数」

厚生労働省が開設している、こころの健康や病気への支援・サービスに関する総合情報サイトによれば、平成23年度の精神疾患患者数は約320万人おり、4大疾病を超える人数とのこと。仮に社員が1名しかいない企業とて、その人が精神疾患に罹患する可能性は大いにあり得る。

同省では、メンタル不全を防ぐ一環として、労働安全衛生法を改正し、2015年12月から企業におけるストレスチェックの実施を義務付た。従業員50人未満の企業にいては、当面の間は努力義務となっているが、いずれ全ての企業が対象になるであろう。

厚労省ページ:「ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等」 

さて、このような社会情勢にあって、社員がメンタル不全となってしまった場合、どのように対処すべきなのだろうか?事例をもとに考察してみたい。

「本当に手を切ったの?」社長が不審に思った社員の言動

金属加工業を営むY社は、正社員12名、パート2名という規模で、主に自動車関連部品のプレス加工を手掛けている。正社員は皆がそれぞれプレス機械を担当しており、その中に入社8年目のSがいた。

プラスチック業界からの転職組だったが、そこそこ手先は器用で仕事はこなしていた。但し、何かにつけて一家言を持っており、同じ作業でも他の社員の2倍くらい時間をかけていたので、もう少し作業効率を上げるようにと、何度か社長のBから指導を受けていた。

「自分のやり方でないと出来ないので、黙っていてください」と、社長に対して自分の意見を曲げないSだったが、ある日、血相を変えて社長のいる事務所に飛び込んできた。

「手を切りました。血が止まりません」と絶叫調のS。その声に驚いた社長が慌てて確認するも、どこにも切れた痕が無いし、血も出ていない。「大丈夫じゃない?本当に手を切ったの?」と尋ねると、「あっ、切れてないですか」とちょっと不自然な返答があった。

実は社長がSの言動に違和感を感じたのは、今回が初めてではなかった。以前から、朝礼で何度も説明した事項を全く覚えていなかったり、作業の手順を指示している時に、突然、独り言をぶつぶつと呟いたことなどがあったからだ。

社長の疑問「1ヶ月で復帰できるのだろうか?」

それでも仕事はこなしているし、日常会話は普通に成立していたので、ちょっと風変わりな個性なのだろう・・・という感じでSを見てきた。ところが今回の一件で心配になった社長は、Sに心療内科の受診を勧めた。

抵抗があるかも知れないと考えていた社長の予想は外れ、あっさりとメンタルクリニックを受診してきたSから、一通の診断書が提出された。病名は「うつ病」で「1ケ月の加療を要する」とあった。

(参考資料:イシコメ「うつ病の診断書について精神科医・心療内科医210人に聞きました」

「精神的な疾患で1ケ月程度で復帰できるのかな?」B社長は事務担当の奥さんに話しかけた。「まぁ、専門医さんがそう見立ててるんだから、大丈夫なんじゃない」

同社では、就業規則に「私傷病の場合は60日間を限度に休職させる」という規定を盛り込んでいた。また復職する時にはセカンドオピニオンの意見を聞いて判断する場合があることも書き込んであった。

10月上旬に1ケ月間の休職願いを提出して休みに入ったSだったが、20日余り経って、更にもう「1ケ月間の加療を要す」という新たな診断書を提出してきた。この時、社長は「これは年内の復帰は無理かも知れないな。休職期間は過ぎても延長してあげたいが、でも、そもそもこの仕事に復帰できるのだろうか?」と不安になった。

とうとう3枚目の診断書で社員と対立

12月に入ってSが更に提出してきた3枚目の診断書には、「症状は安定している」と書かれていた。これを根拠にSは年明けからの復職を申し出してきた。しかし、社長は気になる文言から目を離せなかった。「服用薬を増やしたので・・・」という箇所だった。

Y社は金属加工業を営んでおり、Sはプレス機械要員である。当然のことながら安全装置は備えてあるが、もし、通常とは違う設定して使用された場合、どんな危険が発生するか予見できない。人数的にも他の社員を監督につける余裕は無いし、機械作業以外の仕事はなかった。

これまで常に「安全な作業」を信条として指導し、これまで大きな事故が発生したことが無かったことを誇りに思っている社長は、ある決断をした。主治医と面談して、仕事に復帰できるのか直接聞こうと考えたのだった。事情を説明して理解を得たS本人からの同意書を携え、社長夫妻は主治医のもとに向かった。

【ここまではB社長から相談を受けたなかで私自身がアドバイスを行なってきたが、主治医との面談には同席していない為、社長夫妻からの伝聞になることをご理解頂きたい】

主治医との面談を終えた社長から、相談したいとの連絡を受けて、Y社の事務室で話を聞いたのだが、私はその内容に軽い衝撃を受けた。

主治医との面談を要約すると、「Sは日常生活を送る上では安定しているが、現時点で仕事に復帰できるとは思えない」とのことだった。医療現場の機微に触れることなので詳細は明かせないが、概要はこの通りである。

当然のことながら、この3枚目の診断書を巡り会社側とSの意見は対立した。Sは病状が改善され、仕事が出来ると主張するのに対し、会社側は主治医とのやり取りをもとに、現時点での復帰は難しいと説明した。双方ともに譲れない主張であった。

こじれた両者の“クッション”となった制度

年が明けてからSの奥さんも交えた話し合いを持った結果、7月まで休職期間を延長して、この間に本人の体調を考慮し、午前中だけのリハビリ勤務などで様子を見ることで合意した。

Y社の規模で、1名の長期休職者を抱え、ましてや会社分の社会保険料を負担することはかなり大変だったが、Sは最初こそ復帰を主張していたものの、傷病手当金を受けながらの治療だったこともあり、遂にリハビリ出社をすることは1度も無かった。

余談だが、この私傷病で働けなくなった場合において、社会保険などでは「傷病手当金」という制度を用意して、一定期間の労働者の収入確保を行っている。これは残念ながら、国民健康保険には無い制度であり、高い保険料を負担しているだけのことはあると思う。

この後、休職期間のリミットである7月を前にして、ある相談機関を介し、会社都合での退職を要求されたりしたが、社長は経緯を説明してこれを拒否。結局、双方納得の上で、休業期間満了での退職となった。

今回の例において、実は休職期間が満了するまでに治癒しない(元の仕事に復帰できない)場合には、期間満了をもって自己都合退職の申出があったものとみなすという規定を置いていたのだが、会社側の配慮で7月まで延長していたのだった。

労働者保護という観点から納得しがたい方がおられるかも知れないが、雇用契約はそもそも労働者がその労働力を提供する義務を負っており、これが果たせない場合、契約が解除されるのは致し方ないところだ。但し、即時に解除するのではなく、「休職」という法律では求められていない規程を置いて、労働者の救済を図るべきだと私は考えている。

それは単に労働者救済という意味だけでなく、これまで育てた経験やスキルを持った社員(=人財)を手放さない方策でもある。社員側としても、緩衝期間がなく、何かあったらすぐに退職させられるのでは不安が募る。これは労使ともに有益な制度なのだ。是非、検討してすぐに就業規則に盛り込んで欲しい。

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源田 裕久
社会保険労務士/産業心理カウンセラー アゴラ出版道場3期生

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