極右党と「ナチス賛美の歌集」問題

長谷川 良

オーストリアで昨年末、中道右派の「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権が発足したが、その際、欧州連合(EU)の本部ブリュッセルばかりか、各国も極右政党の参加したクルツ連立政権に対して批判的だった。クルツ首相は政権発足後、ブリュッセルを訪問し、オーストリアの連立政権が親EU路線を支持していることを通達し、欧州各国の懸念払しょくに腐心したものだ。

昨年12月18日、ウィ―ンの連邦大統領府での宣誓式で語り合うバン・デア・ベレン大統領(左)、クルツ新首相(中央)、シュトラーヒェ副首相(右)=オーストリア国営放送の中継放送から

年が明け、オーストリアでは今年最初の選挙、ニーダーエスターライヒ州議会選が28日に実施される。クルツ連立政権発足に対する国民の評価を知る上で絶好のチャンスでもある。

ところで、同州の自由党筆頭候補者、ウド・ランドバウアー党首は旧国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を信望する青年同盟隊(Burschenschaft)のゲルマニア支部副会長だ。その支部の事務所に、ユダヤ民族の虐殺を呼びかけ、ナチス・ドイツの神性化、ホロコーストを否定するナチ賛美の歌集が見つかったのだ。同スクープはウィ―ンの雑誌「ファルター」(Falter)が23日、暴露した。

このニュースが流れると、「それみたことか!」といった批判が嵐のごとく吹荒れてきた。ランドバウアー党首の辞任要求が既に出ているほどだ。

オーストリアのイスラル文化協会のオスカー・ドイチェ会長は「歌詞は明らかに反ユダヤ主義だ。ランドバウアー氏は辞任すべきだ」と表明、社会民主党、ネオスなど野党も激しく批判。「緑の党」出身のバン・デア・ベレン大統領は、「考えられないことだ。オーストリアはナチ政権の戦争犯罪の犠牲者であると共に加害国だ」と強調し、自由党にランドバウアー氏の解任を要求している。

自由党と連立政権を発足させたクルツ首相(国民党党首)は、「歌集の責任者は刑法に基づき厳しく処罰されなければならない」と強調。ただし、同歌集は1997年に作成されたもので、既に時効となっている。ちなみに、ヴィーナーノイエシュタット市警察当局は24日、同盟事務所を家宅捜査し、19冊の歌集を押収している。

自由党のヘルバルト・キックル内相が25日、「ランドバウアー氏を起訴する考えはない」と答えると、野党側から、「内相は誰を起訴するかどうか判断を下す権限はない。検察当局だ」と指摘、内相の干渉を批判したばかりだ。

自由党の説明によれば、「同歌集が作成された時、ラウドバウアー氏は11歳の少年だった」と説明し、同氏には歌集編集の責任はないという。ランドバウアー氏自身、23日、「驚いている。歌詞はショッキングだ」と指摘したうえで、「同歌詞を歌ったこともない、まったく知らなかった」と弁明に躍起となっている。

興味深い点は、ランドバウアー氏の周辺で反ユダヤ教的歌詞が入った歌集問題が今、発覚したことだ。すなわち、州選挙戦終盤だ。だから、ファルターにリークした情報提供者は明らかに州自由党にダメージを与える狙いがあったと憶測できるわけだ。それだけではない。25日未明、ウィ―ンの自由党党首のシュトラーヒェ副首相の事務所に賊が入ったという速報が流れてきた。そして事務所に盗聴器が見つかったというのだ。

いよいよ「007」の筋書きが展開してきた。シュトラーヒェ副首相の事務所に盗聴器を付けたのは誰か、あるいは自由党関係者が盗聴器騒ぎを起こし、国民の関心をランドバウアー氏の歌集問題から目をそらす狙いがあったのではないか、といった憶測も成り立つ。

極右政党「自由党」が政権参加した場合、この手のゴタゴタはつきものだ、と冷静に事の進展を見守り、憶測を慎むべきかもしれない。なお、27日は「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」 (International Holocaust Remembrance Day)だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。