北代表団の金永南団長の“御奉公”

韓国聯合ニュース日本語版が5日報じたところによると、北朝鮮は4日、平昌冬季五輪に金永南最高人民会議(国会に相当)常任委員長を団長に、団員3人、随員18人構成の高官代表団を9~11日に派遣すると表明した。金永南常任委員長はプロトコール上、国家元首に当たる。

金永南最高人民会議常任委員長(ロシア連邦議会のロシア連邦院のサイトから)

なお、聯合ニュースは、「代表団に金正恩朝鮮労働党委員長の最側近で政権ナンバー2とされる崔竜海(チェ・リョンヘ)党副委員長が含まれているか注目される」と報じている。

北が高官代表団を派遣することから、文在寅韓国大統領と金委員長の南北間会談ばかりか、ペンス米副大統領との米朝間対話、ひょっとしたら、9日の平昌冬季五輪大会の開会式に参加する安倍晋三首相と北の接触も考えられる。平昌冬季五輪大会を契機とした“五輪外交”が華々しく展開するかもしれない。

そこで北代表の金氷南委員長について、少しそのプロフィールを見てみたい。北朝鮮の権力構造で久しくナンバー2の実力を誇っていた張成沢国防副委員長が甥の金正恩委員長の逆鱗に触れて処刑されたことは北の独裁政権の恐ろしさを改めて世界に示したが、粛清、失脚、処刑という激しい洗礼を受けることなく、故金日成主席、故金正日総書記、そして金正恩労働党委員長の3代政権に仕えてきた人物がいる。それが今回、北代表団長を務める金永南氏だ。

同委員長は1928年生まれで、今月4日で90歳になったばかりだ。北朝鮮指導者の中でも最長老だ。党序列2位だ。粛清された故張成沢が金永南氏から「北で粛清、失脚せずに権力に座り続ける方法」について指南を受けていれば、あのような悲惨な最期を遂げずに済んだかもしれない。すなわち、「北で粛清されない生き方」をこれまで貫いてきた人物なのだ。

金正恩氏の父・故金総書記は金永南氏の健康を羨んでいたという。金永南氏は1998年に委員長となって以来、病気らしい病気をしていない。だから、高血圧や肝臓病など満身創痍だった金総書記にとって、金永南氏の長寿が羨ましくて仕方がなかったという情報が流れたものだ。

金永南氏は金日成主席の追悼大会で演説し、金総書記の追悼の辞を読んだ。金正恩氏が突然死した場合、金永南氏が追悼演説をすれば、3代の独裁者の追悼演説をした人物としてギネスブック入りは間違いないだろう。

長い間、外交畑を歩んできた金永南氏は生来、野心を感じさせない数少ない政治家だ。その彼に最もマッチしていたポストは名誉職だ。北の場合、最高人民会議常任委員長だ。そのポストに就任した金氏はプロトコールが求める職務を忠実に実行してきた。金氏にとってこれが幸いしたのかもしれない(「北で粛清されない『男』の生き方」2013年12月20日参考)。

当方は約20年前、金永南委員長の末息子、金東浩氏とウィーンの国連内レストランで昼食をしたことがある。食事中、彼は主体思想が如何に素晴らしいかを延々と語った。彼は主体思想が生み出した北の模範的な2世だった。どの世界でも2世教育は大変だ。その点、父親・金永南氏は息子を誇らしく感じているだろうと考えたほどだ(「金トンホ氏の横顔」2007年3月14日参考)。

五輪外交に戻る。金永南氏と文大統領の南北会談は実現する可能性が高い。金永南氏は口頭で金正恩氏のメッセージを伝えるだろう。そこでは、南北首脳会談についても言及があるはずだ。具体的には、経済支援から米韓軍事演習の停止まで北側のリクエストが通達されるだろう。文在寅大統領のその後の発言をフォローすれば、金正恩氏の通達内容が推測できるはずだ。

北の最長老、金永南氏は金ファミリーのメッセンジャー役に徹してきた。34歳の金正恩氏の通達内容を一文字一文字、その通りに繰り返すはずだ。それは約15年間外相を務めた金永南氏の得意とする分野だ。多分、今回の訪韓は金永南氏の最後の金ファミリーへの御奉公となるだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年2月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。