プレシジョン医療⑧リキッドバイオプシーの擬陽性・偽陰性率

検査には擬陽性と偽陰性の問題が常に付きまとう。「本来は腫瘍があるにもかかわらず、検査で陰性と判定されるのが偽陰性であり」、「腫瘍がないにもかかわらず、陽性と判定されるのが、擬陽性である」。リキッドバイオプシーは、この種の問題に関しては、これまでの方法よりも複雑なので、詳細に説明したい。

報告されている文献から判断する限り、多くのがんでは陽性率は非常に高く、ステージ4の進行がんでは、画像的診断などからがんが存在するにもかかわらず、偽陰性となる割合は0-20%程度となっている。しかし、一般的に治癒切除可能なステージ1・2ではリキッドバイオプシーによる検出率は約半数程度であり、脳腫瘍や甲状腺がんでは、もっと低い数字が報告されている。

脳腫瘍では、脳血流関門があるため、腫瘍DNA断片が血液中に流出しにくい、甲状腺がんでは増殖がゆっくりであるために、壊れるがん細胞の数が少ないことなどが、これらのがんでの陽性率が低い原因ではないかと推測されている。したがって、その分、偽陰性率は無視できる数字ではなく、検査結果の判断は単純ではない。ただし、血液中のDNAは数時間で壊されるために、試料の取り扱いが不適切であれば、取り出すことのできるDNA量が少なくなり、偽陰性となる可能性が高くなる。

そして、擬陽性の判定にも大きな課題がある。乳がんの再発をリキッドバイオプシーで追跡した結果を報告した論文を紹介する。手術で摘出された腫瘍中に認められた遺伝子異常は、手術前には血漿中で検出されるが、手術後、一旦、血漿中から消失する。しかし、数か月後には再びわずかではあるが出現する。この段階では画像診断で再発が確認されていない。そして、リキッドバイプシーで異常のある遺伝子が多く含まれるようになった(シークエンスの結果、正常DNAに対して、変異DNAの割合が高くなってくる)6-9か月後に転移が画像診断で確認されたとのことだ。この結果は二つの意味で非常に重要だ。

(1)リキッドバイオプシーは画像診断よりも感度が高い可能性がある。

再発をモニタリングする過程で見つかったこれらの結果は、リキッドバイオプシーでの陽性が擬陽性であると判断することが難しいことを示唆する。再発の追跡経過で、血漿中の変異遺伝子の割合(コピー数)が増えているし、最終的に画像でも再発が確認されている。これは、リキッドバイオプシー陽性・画像診断陰性であった結果は、リキッドバイオプシーの結果が擬陽性でなかった可能性が高いことを意味する。すなわち、画像診断よりも(超)早期にがんの再発を捉えたことを示唆するものであり、がんの再発や再燃をもっともっと早い段階で知りうることを意味する。もちろん、多くの症例での確認が必要だが、これが確認されれば、がんの治療体系を根底から変える可能性を秘めている。

(2)超早期での再発診断による超早期診断は、がんの治癒率を高める可能性がある。

これまでの画像診断で転移再発を確認した上で治療を開始した場合と比べて、リキッドバイオプシー陽性・画像診断陰性の段階で治療を開始した場合、治癒率の改善が期待されるかのではないか?最近では、大腸がんの肝転移や肺転移に対しては積極的な外科切除が行われるようになり、それによって予後が改善した。5ミリのがんと5センチのがんでは、がん細胞数は1000倍異なるし、一般的には小さいがんの治癒率は高い。したがって、目で見えない(画像で判別できない)段階での治療の開始は、治癒率を高めると私は確信している。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年2月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。