韓国『願望史』に遠慮して足して二で割るべからず

2018年02月21日 10:00

『韓国と日本がわかる 最強の韓国史』(扶桑社新書)は、平昌五輪もあって多くの方に読んでいただいているが、月刊誌『新潮45』三月号でも『「非常識国家」韓国』という特集のなかで『「願望」史の国」』という記事を書かせてもらった。

私は、現在の韓国と北朝鮮を、ある意味で、おおいに賞賛したいと思う。隠者の国などといわれて華々しい栄光と無縁だったコリアン民族の地味な歴史のなかで、まさに突然変異的な輝きを放っているのである。

韓国は、世界で11位の経済大国となり、ソウルと平昌と二度の五輪も開催した。北朝鮮も実質的に核保有国となりアメリカを手こずらせて大活躍だ。世界史上でもちょっと類例のない、短期間で成し遂げられた成功であるから、それをおおいに誇ればいいと思う。

しかし、困ったのは、コリアンたちが、たたき上げの成功者であることを誇らず、古い栄光の歴史をもっているといいたがることだ。

もっとも、現在の発展の基礎を創った時代の指導者にあっては、そんなことはかなった。 朴正煕大統領は、「我が半万年の歴史は、退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史」「李氏朝鮮は、四色党争、事大主義、両班の安易な無事主義な生活態度によって、後世の子孫まで悪影響を及ぼした民族的犯罪史である」などとしていたのである。

下層階級からのしあがった朴正煕大統領のような人は、自分が成り上がったことをもって誇りとしていたが、その子や孫になると、名門でないことが物足りなくなって、没落両班の伝説をつくるようになるし、国としても同じことだ。

もっとも、こうした性癖は、あちこちの民族に見られることで、日本も皇紀2600年とか江戸時代も世界の先進国だったとか妄想史観を言い出してからおかしくなった。そういう意味では、日本人もコリアンを笑えないところでもあるのだが、彼らの歴史捏造ぶりは際立っている。

そもそもコリアン国家の歴史は、中国はもちろん日本に比べても新しいものだし、半島における人の定住や文明の発展も同様である。

半島の歴史ではっきり分かってくるのは、習近平がモデルとしているともいわれる漢の武帝が紀元前108年に、朝鮮(当時は満州南西部と半島北西部あたりのこと)を併合して郡県制を適用し、楽浪郡などを置いたときからだ。

その前にも箕子朝鮮とか衛氏朝鮮とかあったが、いずれも漢民族の国だ。この楽浪郡の支配下に半島南部は入らず、馬韓・弁韓・辰韓という三つの地域にそれぞれ多くのクニが成立していった。そのなかに、百済や新羅のもとになる村落国家があったのかもしれない。

4世紀くらいになると、南から統一国家になった大和朝廷、北からは満州から興って楽浪郡を滅ぼした高句麗の勢力が伸びてきた。群小国家のなかでも百済と新羅が成長しはじめたが、百済や新羅も日本や高句麗に従うことが多かった。

6世紀になると日本はその領土だった任那のうち西部を友好国だった百済に割譲し、東部は新羅に奪われて半島から撤退し、百済を支援しつつ任那の復興を図った。

7世紀には新羅が唐に年号、服装、人名などを倣い、百済と高句麗を唐が併合するのに助太刀し、従属性が高い国になる条件で保護された。その後、新羅は唐が吐蕃や渤海と争っていることを利用して、百済の旧領と、高句麗旧領南部を併合して、平壌南郊の大同江以南を領土とする朝鮮・韓国の母体となる国をつくったのである。

そして、新羅が滅びたあとは高麗に、高麗のあとは李氏朝鮮に継承され近代に及んだのだが、この歴史の浅さを耐えられないと感じたのか、民間伝承のひとつにあった古代の王である壇君を天照大神ないし神武天皇的な存在として位置づけよう運動が19世紀末から盛んになった。

また、新羅が百済や高句麗が唐に侵略されたのを手助けし、そののちに横取りした歴史を、あたかも同じ民族の三国を統一したように装っているが、そもそも、満州の扶余族によって建国された百済や高句麗は新羅と言語もまっく違う異民族だから統一でなく侵略だ。

ただ、のちに新羅を継承した高麗が旧高句麗領から興ったことから、高句麗と新羅のどちらも自国のルーツのように扱うようになった。

百済の遺民は日本人にとっても韓国人にとっても重要な共通の先祖なのだが、これも韓国が百済国家を継承したようなことを勝手に言っている。

さらに、1957年にいたって、北朝鮮の学者が7~10世紀に満州北部を中心に存在した渤海を朝鮮民族の国という説を出すと、韓国までこれを正史として認め、なんと、この時代を新羅と渤海の「南北国時代」と呼んでいる。

現代の韓国では、戦後の1948年に建国された大韓民国の建国を、1919年の3.1運動ののちに上海で樹立された大韓民国臨時政府にすり替えて戦勝国の一員とか言い出した。

しかし、韓国ではそうした威勢の良い話をすると、誰も反対できなくなるのである。それは、もともと、歴史が虚構のうえに立っているから、新しい捏造が出てきても程度の差で、嘘だといえないのだと思う。

虚構でないにせよ、書かないという捏造も多々ある。韓国の検定教科書を見ると、中国の支配やそれに隷属していたことはほとんど無視されるか曖昧にされている。

日本関係では、中国の正史や好太王碑でも立証される新羅や百済の日本への服従や、日本領任那の存在はスルーだ。どうせ韓国が客観的に歴史を認識してくれることなど期待薄だが、だからといって、日本人が歴史的主張を引っ込めたり、足して二で割る理由にはならない。

韓国と日本がわかる最強の韓国史 (扶桑社新書)
八幡 和郎
扶桑社
2017-12-24
アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑